ヒメギフチョウ その2

四月二五日に東根市にある白水沢ダムに行った。いつも行く東郷林道の手前の道路から右手に入る農道があり、そこを入っていくと谷川に架かる橋がある。その橋の脇に大きなブナの木があり、そのブナの新緑や実の写真を撮ってきた。私は何度もその農道を歩いている。橋の手前の道路脇に車を停めて歩きながら東側の奥羽山系の方に入っていく。その途中は右手が農耕放棄地になっていて去年の枯れ草のままになっている。左手には水田が作られていて五月の連休に田植えをするので水が張られていた。

  ヒメギフチョウのいろいろ

 私はいつもその先まで歩く。開けた所から山への入り口には簡単な見取り図が書かれた表示板がある。この先は「ムクロ沢」で車や人の入山はしないようにと記されている。それでも人々は表示板の近くに車を停めて山菜採りに入るが、その表示板には「事故があっても責任は持てない」とも記されている。最初は緊張しながらその山道を奥まで歩いて行った。その途中で人に出会ったことは一回もない。会うとすればクマだけだろう。そのだらだら道を二キロ程歩きながら植物の写真を撮りながら歩いた。その時にはダイソーで買った五~六個結んだ鈴を鳴らしながら歩いた。忘れた時は山で拾った木を杖にしながらその杖で山道の脇の木の幹を叩いたり歌を歌ったり、時には大声で「あーっ」と叫んだりしながら歩いて行く。そうすればクマの方で避けてくれるのではないかと勝手に思っているからである。

 その帰りに左側の農耕放棄地の南側が杉林で放棄地との間が土手になっている。そこにカタクリが咲いているのが見えていたので、そこに入ってみた。土手は北斜面になっていてカタクリが一か所に群生しているというよりは、まばらだがかなり広範囲に亘って沢山咲いていた。それらのカタクリの写真を撮りながら、ヒメギフチョウがいないかと見回したら何匹かのヒメギフチョウが飛んでいた。カタクリの花の近くに来ると止まらずに他の方に移動していく。花の蜜を吸うために移動しているかと思ったが、そうではなさそうである。ヒメギフチョウの飛翔速度はかなり早く、モンシロチョウがひらひらとゆったり飛んでいるのと様子が違っている。

  地面での交尾中

 ヒメギフチョウを追いかけながら、カタクリの花も撮りながら移動していくと、地面の枯葉の中にヒメギフチョウがバタバタしているのを見つけてそっと近づいてみた。そしたらそのヒメギフチョウは逃げずにやはりバタバタしている。更に近づいていくと一匹のヒメギフチョウが飛び立った。まだそこでヒメギフチョウがバタバタしているので脇まで近づいて行ったら、二匹のチョウが交尾していた。交尾しているから飛び立てないのか、交尾に夢中なのか、私が傍に座ってもお構いなしの様子だった。そこで座り込んで写真を撮った。その交尾している二匹は殆ど動かずにそこにいた。先程逃げて行ったヒメギフチョウはオスだったのではなかろうか。サクラマスの産卵に際して第三者のヤマメが番いになっているオスのすきを狙ってメスが産卵する瞬間に放精するように、このヒメギフチョウも交尾の隙を狙っていたのではないか。三匹が入り乱れて争っていたのだろう。交尾しているオスとメスは完全に繋がっているから危険が近づいても逃げられない体勢である。私がすぐ傍に座り込んで写真を撮っていても動かないままじっとしていた。アパートに帰ってパソコンに取り込んでみたら、交尾している様子は綺麗に撮れていなかった。絡み合っている様子だけしか分からないぼやけた写真だった。こんな機会はそうそうなかったと思うので、とても残念だった。

 夢中で写真を撮っていたら手の辺りに小さなブヨが沢山飛んでいて、私の手首や手の甲に止まっている。私の手の甲は血が流れていた。その時は痛くも痒くもないので、何で血が流れているのだろうと思った。いつも山に入る時は長袖と長ズボンに決めているが、首筋とか手の甲はむき出しになっているので、そういう場所を狙ってやぶ蚊やブヨが飛んでくる。やぶ蚊やブヨはその場所から離れても追いかけてくる。自分の子孫を作るためには血液が必要だから必死なのだろう。しかも動物が近くに来るチャンスはそうそう多くないだろうと私なりに納得している。数日後には食われた場所が腫れて痛痒くなってしまった。

 頻繁に体を温める

 カタクリの周りを飛んでいるヒメギフチョウは花の蜜を吸うというよりは、交尾相手を探しているオスではないかと考えてみると合点し易い。またカタクリに止まっているヒメギフチョウの殆どのものが翅がボロボロになっている。羽化した時は綺麗な翅だが、交尾したり他のオスとの交尾の闘いで翅が傷むのではなかろうか。短期間に子孫を残す宿命を負っていることからヒメギフチョウにとって種族を繋ぐことが最優先で個体維持は二の次ではないかと思った。メスと交尾するためだけに体力維持をしているのではないかとさえ考えるようになった。カタクリの花に止まっているヒメギフチョウを見かけると、写真映りのためには綺麗な翅の方が良いに決まっている。翅を傷めたヒメギフチョウを見ると生きていくのはどの動物でも大変なことなのだなあ、頑張って子孫を残せよとエールを送ってしまうのである。

 ヒメギフチョウが蜜を吸うと言われているスミレサイシンの花を初めて見かけた。色々な本に書かれているがこれまで見かけることができなかった。この少し薄暗い土手の北斜面の同じ場所にスミレサイシンが一緒に咲いていたのである。同じ時期の同じ場所にあればヒメギフチョウが蜜を吸うかもしれないなと妙に合点したものである。

                             

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