ハラビロトンボ

動物編

ハラビロトンボはトンボ採集を本格的にするきっかけになったトンボである。シオカラトンボ、ムギワラトンボ(シオカラトンボのメス)と同じように見えながら、腹が広いのが特徴である。初めて見た時こんなトンボがいるのかと吃驚した。それをきっかけに色々の種類のトンボに興味を持つようになった。小学校高学年でなかったかと思う。その捕った場所は名古屋の東芝社宅から少し離れた田んぼ付近だったり、水郷地帯だった蟹江周辺だったと思う。その当時私たちは自転車の機動力を駆使して、名古屋から蟹江まで一~二時間位かけて遠征していたものである。

ハラビロトンボのメス(左端)とオス(真ん中と右端)

 それまでもトンボに興味がなかった訳ではなく、一年生の頃からギンヤンマ捕りと釣りには夢中になっていた。高学年のお兄ちゃんたちの後にくっついてギンヤンマ捕りや釣りの技術を少しずつ覚えた。そうした経緯はあったが自発的にトンボ採集するようになったのはハラビロトンボがきっかけなのである。最初のうちはハラビロトンボを捕って、虫籠に入れて死なせてしまっていたが、本や図鑑で昆虫標本の写真を見てからは、何とか自分でも標本作りをしたいと思うようになった。夏休みの理科の宿題で、トンボの標本を提出したい、そんな気持ちもあったように思う。そこで展翅台を作った。元来私は弟に較べて相当に不器用なのだが、作りたい一心で作ったのだった。まず木を細長く鋸で切って、お菓子を入れていた木箱を探してきて、真ん中にトンボの頭や胴体が入る空間を設けて、次に翅が展翅台に乗るように二つその長い板を並べ釘を打った。自分なりに、その二枚の木の表面は鉋(かんな)をかけたような記憶がある。

 ハラビロトンボを捕っても最後は死んでしまうため、その後の処理として防虫剤のナフタリンを細かく砕いてトンボの胸をカミソリで切ってナフタリンを入れた。その当時ホルマリンが良いと聞いた気がするが、身の回りにはナフタリンしかなくホルマリンは用意できなかった。それから胴体の中央にピンを刺して木箱の木に留めて、次に翅を綺麗に並べて展翅台に乗せ、その上から硫酸紙を細長く切ってカバーしてピンで留めた。長い間そのままにして置くと標本になるという按配である。しかし困ったのはトンボの胸にナフタリンを入れておくと、気化したり融け出してトンボの胸にシミがついてしまうことだった。その当時はそれをどうしたら良いか分からなかった。そんなことがあってから中学高校とハラビロトンボとの関係は途切れてしまった。

 黒化したオス

 何十年か経っていわき市の田んぼの畦道で偶然ハラビロトンボを見かけた。とても懐かしくここにもハラビロトンボが生きているんだと嬉しくなった。

 天童に住むようになって、近辺を歩き回って動植物の写真を撮っている。東根市の水晶山(六四〇メートル)の入り口付近にサクランボの果樹園と溜め池がある。その溜め池周辺にはショウジョウトンボ、ギンヤンマ、イトトンボ、ウラギンスジヒョウモン等の小動物がいたり、アザミやホタルイなどの植物が生えている。六月になって溜め池周辺で写真を撮っていたら、池の端(はずれ)のサンカクイが生えている荒れた田んぼ跡にトンボが飛んでいた。時期的にはサナエトンボではないかと思ったがメスと思しきものはムギワラトンボのような風情である。そして腹が広いような気がした。その同じ場所にこれまで見たことがない体全体が真っ黒なトンボがいて、枯れ枝やサンカクイに止まっていた。元々黒いのか、成熟してきた結果なのかは分からなかったが、人生の中でこれ程黒いトンボは見たことがなく本当に吃驚した。

 真っ黒いトンボの写真を何枚も撮ったが、なかなかピントが合わずぼやけてしまった。それでもピントが合ってはっきりした写真も数枚あったので、パソコンに取り込んで拡大したら体の一部に黄色い部分が少し見られた。このことから成熟した結果だろうと判断した。

 交尾態とメスの産卵

ハラビロトンボについて調べてみたら、オスは成熟すると黒くなり目がグリーンで際立つと記されていたが、前方から撮った写真がないので良く分からなかった。サナエトンボなら複眼が離れている筈だがそれは見られないので、サナエトンボではないと判断した。この溜め池周辺にはこのハラビロトンボが多数飛んでおり一か所でこんなに多くのハラビロトンボを見たのは人生で初めてだった。

 蟹江に戻ってから蟹江役場の近くの水田に咲いていたハナショウブの蕾の先に、ハラビロトンボのオスが止まっていた。蟹江で見かけたのは何十年か振りだった。この辺りの蟹江川や沼地等でヤゴの時期を過ごして成虫になったのだろう。蟹江にはヤゴが育つ自然環境がまだ保存されているのだろう。

 交尾態とオスのせめぎあい

 「日本のトンボ」(尾園暁 川島逸郎 二橋亮 文一総合出版)のハラビロトンボの項目には「生育環境は平地~丘陵地の、抽水植物の繁茂する開放的な浅い池や湿地、放棄水田。生活史は卵期間一~二週間程度、幼虫期間は八~二年程度(一~二年一世代)。幼虫で越冬する。形態は腹部の扁平な小型のトンボ。顔面の前額背面は青藍色に輝く。未熟成虫は黄色の地に黒い条斑があるが、成熟するにつれオスは黒化して斑紋が消え、やがて腹部に青灰色の粉をおびる。メスの体色はあまり変化しないが、まれにオスのように青灰色の粉をおびる個体がいる。成熟オスは抽水植物などに止まって縄張りをつくり、しばしばホバリングを交えて巡回飛翔する。他のオスが近づくと、腹部を反らすディスプレイをしながら接近し、激しく争う。相手がメスの場合も腹部を反らしながら近づき、相手が逃げなければ連結、交尾に至る。交尾は水辺の植物に静止して行う。交尾時間は短く、長くても数十秒で終了することが多い。産卵はメス単独で、腹端で水をかきあげ、卵を水滴ごと前方に飛ばして産卵する。しばしばオスの警護を伴う。」と記されている。

 このような習性についてはまだ深く学んでいないので、今度見かけた時にはこうした習性についても観察したいと考えている。(トンボ目 トンボ科 ハラビロトンボ属 ハラビロトンボ)

 

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