ヒドラ

動物編

小学生の時からメダカを飼っていた。その当時は野生のメダカがそこら中にいたので、ヒメダカを飼っていた。ただ育てて観賞するというのではなく、産卵させてその稚魚を成魚まで育てることに夢中だった。そんな少年期の趣味が一生の楽しみになるとは考えてもいなかったが、今でも野生のメダカを飼い続けている。

 天童では四月下旬には産卵し始めたものがあり、気温がまだ低いので孵化するのに二〇日前後はかかる。六月から七月頃にかけて産卵のピークになり、いくつかのプラスチック製の水槽やイチゴパックに分けて飼っていた。その中にアナカリス等の水草を酸素供給用として入れて置く。稚魚が孵っても同じように育つ訳でなく、淘汰されてその空間の広さや餌の与え方の違いで、その水槽やイチゴパックで育つ数が決まってくる。それぞれの水槽やパックがそれぞれのユニバースなのでメダカの数に違いがある。観察していると、それでも極端にメダカの数が少ない水槽やパックがあることに気がついた。

 ヒドラ

 どうして数が少ないのか分からなかったが、考えられるのは天敵がいて捕食されているのではないかということである。水草のアナカリスを一生懸命に探してみた。すると水草と同じ色をしたイトトンボの幼虫である細長い尾を持ったヤゴが見つかった。それも一匹ではなく二匹もいた。それが原因だと合点してそれを取り除いた。アナカリスはホームセンターのペットショップで売っているのを買ってきた。冬を越して春先になってアナカリスに付着していたイトトンボの卵がヤゴになったのだろうか。

 そのことがあってから水槽かパックの稚魚の数が極端に減っている時にはその水草をよく観察するようになった。イトトンボのヤゴは水草にへばりついているので良く見ないと分からない。ところがイトトンボのヤゴがどう考えてもいないのに、稚魚の数が減っている水槽やパックがあった。その原因がなかなか分からなかった。稚魚の天敵はヤゴ位の大きさだと思い込んでいたから、それより小さい生き物がいるとは思いつかなかったのである。

 ところが水槽やパックのプラスチック面をじっと眺めていた時に、小さいイソギンチャクのような触手をゆらゆら揺らしているものを見つけた。即座にヒドラだと分かった。というのは何十年か前にメダカの稚魚を飼っていた時にそのヒドラを見たことがあったからである。

 どこからヒドラがこの水槽に入ってきたかは全く分からなかったが、ヒドラの餌食になっていたのだとやっと合点した。ヤゴの大きさの稚魚の天敵がいないかとばかり考えて観察していたので、それより小さい天敵がいようとは考えてもいなかったのである。

 メダカの稚魚を捕らえたヒドラ

 天童周辺の田植えが終わって水温が温かくなた六月頃に、メダカの餌のミジンコを採取するためにペットボトルをブクブク沈めて、水田の水を入れて帰ったことがあった。メダカの水槽にその水を入れようとペットボトルの中を観察してみたら、ミジンコが沢山いる中に水のゆったりした流れの中に漂っているヒドラがいたことがあった。割りとどこにもいるのではないかとその時には感じた。ところがインターネットでヒドラについて調べていた時にヒドラを販売しているネットがあるのを知って驚いた。

 そのヒドラだが水槽で稚魚を育てていると、ある水槽ではヒドラがプラスチック面にへばりついていたり、水草の葉についているものがある。よく観察してみると、触手をゆらゆらさせている本体に横から枝状のものが出ているものもある。そのヒドラが大量に発生している水槽では、孵化して稚魚になったメダカの数がどんどん少なくなってくる。ヒドラが稚魚の天敵だということは分かっていたが、どのようにヒドラが稚魚を捕えるのかは実際に見たことはなかった。ヒドラが稚魚を絡めている場面は見たことがあったが捕える瞬間は見たことがなかった。

 ヒドラについて不思議なことがある。水槽の稚魚が沢山いる間は、ヒドラが水槽の表面でゆらゆらしているが、稚魚が少なくなったり大きくなったりしてしまうと、ヒドラがいなくなってしまう。水槽には水底に小さな砂利を敷いてあって、冬になるとメダカを越冬させるために底が凍らない大きな発泡スチロール箱の水槽に集めて管理している。ヒドラがいた水槽は水がなくなり乾燥状態になって、戸外に放置されたまま冬越しすることになる。ところが春になって稚魚を元の水槽に入れて育てるとまたヒドラが出現するのである。これは私の観察違いかも知れないが、どうしてそんなことが起こるのかとても疑問である。

 そこかしこにヒドラが付着している

 そこでヒドラについて調べてみた。札幌旭ヶ丘高校の杉山剛英さんの「興味ヒドラの生態」には、「基本的には無性生殖だが、水温が急激に変化(八度C位)すると異変を感知して雌雄に分かれる。卵巣と精巣を体表に作り受精卵を雌の体内に残すが老化しいずれ死ぬ。できた受精卵は乾燥に耐えるが、孵化する日数は一三日~一〇〇日とバラつきを示す。これは一度に孵化して悪条件であった場合に絶滅するのを回避する知恵である。餌が捕えられない時は、食取り虫の様に移動する。あるいは気泡をつけて浮き上がる。出芽でできた新個体も一度水面に浮く。同じ場所に留まらないようにする知恵である。」と述べられている。私のメダカの水槽では移動しても稚魚という餌はない訳だから、水温の変化よりは餌の欠如した時に受精卵を作って生き残りをかけたのではないかと推論している。そうして山形の厳しい冬を乗り切ったのではなかろうか。

 水槽にくっついてゆらゆら揺れているヒドラは動物か植物かというと、山下桂司さんの「ヒドラ(岩波科学ライブラリー)」には、「ヒドラ類は、ミズクラゲやイソギンチャク類、サンゴ類と同じ刺胞動物部門と呼ばれるグループに属している。このグループの動物たちはみな、刺胞と呼ばれる特殊な細胞内ミサイルをもっており、この刺胞を持つ細胞は刺細胞または刺胞細胞と呼ばれる」、また「ヒドラは植物に近いイメージかもしれない。ヒドラはれっきとした動物なのだが、体を切られても、小さく切り刻まれても、死なない。死なないどころか、元通りの体を再生することができる。植物的な姿形でありながら、その再生するときの組織や細胞たちの動きは実に動物的でダイナミックだ。」と述べられている。

 私は生物で習ったプラナリアの再生能力のことは知っていたが、ヒドラの再生能力やしたたかな生命力の在りようは全く知らなかったので、何故かヒドラに対する愛着が湧いてくるようになった。

 今年になってヒドラの近くを泳いでいたメダカの稚魚を捕まえた瞬間を初めて目撃した。稚魚を絡めとってその後口に運ぶのだろうがそこまでは見ていなかった。「恐るべしヒドラ」というのが私の印象である。(ハナクラゲ目 ヒドラ科 ヒドラ属)

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