クモ

動物編

小さい頃から色々なクモを見かけてきた。今のように密閉されていなかった住宅事情からか、部屋の中でハエトリグモ等を頻繁に見かけていた。今でも時々部屋の中や庭の壁などに張りついているのを見ることがある。垂直の壁に対しても平然と止まっているし、しかも平面と同じように移動している。また近づくとぴょんとはねて素早く移動してしまうので、捕まえようとしても捕まえることができなかった記憶がある。

 ジョロウグモ

 天童のアパートで住んでいたのは二階だった。アパートは南北方向に建っていて六軒が住んでいる集合住宅だったが、二階の三軒は、西側にある外廊下に出られるようになっていた。夜間にはその天井部分に三つの電灯が点くようになっていた。その夜間灯はいつもどれかが壊れていて、一つか二つしか点いていなかった。でも周りが畑で暗いので、相対的にアパートの一階二階の電灯が明るく、アパートが浮かび上がっている。そのアパートに一五年程住んでいたが(当然のことながらアパートの主になっていた)、九月末から十月になるとその電灯の周りにクモが網を張る。夏にはこうした網を張ることはないのに、この季節になると張り出す。それもずーっと雪が降る季節まで張っている。その後も網にクモを見かけていたが動かなくなって死んでいるものもあった。その季節に部屋の窓を開けておくとアカトンボが光に誘われて飛んでくる。走光性のためだろう。それを捕まえてベランダから逃がすと場合によってはまた入ってくる。そこで仕方なく玄関の戸を開けてアカトンボを逃がしてやると、そのクモの網に引っかかってしまうことがある。そのひっかかった振動でクモがアカトンボの方へやって来る。アカトンボはその網から逃れようと暴れるが結局はクモの糸で巻かれて動かなくなってしまった。

 廊下の電灯付近にクモが網を張るがその数は一つや二つではない。仕事から帰ってその廊下を歩くと頭にクモの糸がくっつくことがあった。

 九月末から十月になると何故クモが網を張るようになるのか分からない。他の場所で生活していたクモたちが夜が早く来る季節になって効率的に獲物を捕るために、このアパートの廊下の電灯に網を張るようになるのだろうか。親である自分の命がなくなるので子孫を残すために大量の栄養を摂らなくてはならないから移動して来るのかもしれない。とにかくとても不思議である。

コガネグモ(カクレオビを作る)

 蟹江に帰ってからも動植物の写真を撮りに出歩くことが多い。十月に入って日光川にいるカワウ、カルガモやもう渡ってきたコガモの写真を撮ったりしながら、関西線永和駅の方へ歩いて行くと、ある家の通りに面した庭に大きなクモが網をかけていた。その近くには何匹かのクモが同様に網を張っていた。そのクモの腹は赤い部分があるのでジョロウグモである。最初はその大きなクモだけが目に入るが、よく見るともう一匹小さいクモが近くにいる。時には小さいクモが二匹いる網もあった。どうもこの小さいのがオスではないかと思う。昔からクモのオスは交尾するのにカマキリ同様に命懸けだと聞いたことがある。そっとメスに近づき相手の気を他に向けさせてその間に交尾するという。その後メスに食べられてしまう場合もあるという。ある網を見たら、大きなメスのジョロウグモが獲物を糸で巻き包んでいた。その大きさとオスの大きさは同じようなものだった。メスの大きさはオスの一〇倍位あるように見えた。メスは事前にオスだと認識できるのか、認識できていないとすれば、オスはメスに襲われないための匂いを出すとか食べられないための工夫があるのではなかろうか。

 ナガコガネグモ(カクレオビを作る)

 ある本にジョロウグモの数が減って、コガネグモの方が多くなっていると書かれていた。動植物の写真を撮っている際に網を張っているクモの写真を何枚か撮ってきたが、その一~二枚はナガコガネグモだった。でも多くのものはジョロウグモだった。蟹江でも天童周辺でも全てジョロウグモだった。地域によって種類の偏りがあったり棲息条件の違いが関係するかも知れない。

 「クモの糸の秘密」(大崎茂芳 岩波ジュニア新書 二〇〇八・五)は、とても面白い本である。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」で、お釈迦様がハスの池から地獄に垂らしたクモの糸にカンダタがよじ登るシーンから、本当にクモの糸に人間がぶら下がることができるかと、クモの糸を集めてぶら下がってみた人の本である。

 コガネグモとジョロウグモの糸の牽引糸(けんいんし)を集めて、六五キロの人をぶら下げることに成功する。ところで牽引糸とは、危険を感じた時に巣から避難する際にクモが尻穴から糸を出しぶら下がる時の糸である。クモの糸は同じ性質の糸ではなく、尻の七つの部分から異なる糸が出されている。そこの著作部分を引用すると「クモの体をみると、腹部には多くの吐糸管(としかん 糸を吐き出す管)があります。その吐糸管はいろいろな形の絹糸腺に連結しています。クモの腹の中には七個の絹糸腺があります。~中略~ 七種類の絹糸腺からはそれぞれアミノ酸組成が異なるタンパク質が分泌され、それぞれの目的にあった機能を果たしています。たとえば、秋にメスのジョロウグモが出す牽引糸の原料の詰まっている大嚢状腺は、解剖してみると黄色の細長く太い袋状の組織からなっています。クモが張る巣の中で代表的なものに円網があります。その円網は種々の糸から構成されています。巣の中心部は糸を密に張った『こしき』というクモの住居になっています。ここはクモの生活場所であるため、粘着性はまったくありません。巣の中心部から外へ放射状に伸びている糸は、巣の骨格を形成する『縦糸』といわれ、力学的に強くなっています。その強さのために、巣全体が壊れないようなしくみになっているのです。また一本の縦糸は四本の糸の束からなっています。巣に飛び込んできた昆虫は、粘着性の横糸に捕らえられます。渦巻き状に張られ、粘着球がほぼ等間隔についている『横糸』は、きわめて弾力的です。破断強度は非常に小さいのですが、ゴムのようによく伸びるため、意外と切れにくくなっています。~中略~ また巣を囲んでいる『枠糸』や、枠糸と木をつなぐ『けい留糸』があります。『牽引糸』は、クモが獲物を捕らえる際や、襲ってきた外敵から逃げる際に命綱としての役割を果たしています。」と記されている。

 牽引糸はクモにとっての命綱である。それを出しながら地上に降りて危険から避難するが、その糸は二本のフィラメントからなっていて一本が切れてももう一本で支えられるように安全を確保できるようになっている。しかもジョロウグモの体重の二倍まで耐えられるようになっているという。つまり一本のフィラメントでクモの重さをまかなえるようにできている。面白いことに幼体の場合にはそれが三倍になっていて、安全確保が成体より大きくなっているという。このようにクモの糸は繊細かつ丈夫なもので、使用目的によって性質が異なっている。

 クモの糸はナイロン糸よりも丈夫であることから、それを利用できないかと考える発想が出てくるのは当然だろう。その部分を引用すると「クモの糸は、軽くて柔軟性があり、防水性があり、強いことから、繊維としての様々な用途が考えられます。たとえば、医学分野として、腱、靱帯やマイクロサージャリー(顕微鏡をのぞいて行う手術)用の縫合糸などが、工業分野として、生分解性の釣り糸、防弾チョッキ、パラシュート用の紐、シートベルト、衣服、裂けにくい生地などが考えられています。~中略~ カナダのベンチャー企業は、クモの糸の大量生産を目指して、クモの糸に対する遺伝子を哺乳動物に導入する方法を開発しました。具体的には、クモの牽引糸の遺伝子を導入したヤギのミルクから、クモの糸を作り出す方法を報告したのです。哺乳類の細胞で牽引糸の遺伝子を発現させましたが、目標の約二七万の分子量のタンパク質は得られませんでした。しかしながら、分子量が六から一四万の牽引糸のタンパク質を作り出すことに成功したことは、注目に値します。」と述べられている。しかしこうした遺伝子工学的に、クモの糸を作り出すことはそう容易(たやす)いことでないようなのである。

 またクモの糸の結晶構造については、「クモの牽引糸にX線を照射しても、明瞭なX線解析パターンは得られず、ぼんやりした回析像が得られるのみでした。このことは牽引糸が分子の規則的に並んだ結晶であるとはいえない、ということです。~中略~ また牽引糸は非晶性のためか、熱測定では融点が観測されません。一〇〇℃近くまで温度を上げると水分が蒸発しますが、二〇〇℃では重量変化はなく、しかも四〇〇℃になっても重量が半分しか減らないことから、クモの牽引糸は少なくとも二〇〇℃までは安定していることがわかりました。」と述べられている。

 二〇一三年になって山形県鶴岡の慶応大学先端生命科学研究所のベンチャー企業が、クモの糸の人工合成に成功したと山形新聞で報じられた。いくつかの情報を纏めてみると、「クモの糸の成分はフィブロインと呼ばれるたんぱく質。クモの糸の最大の特徴はその強度で、直径一センチのクモの糸を張れば、ジャンボジェットを捕らえることができ、牽引糸は防弾チョッキに使用されている『アラミド繊維』に匹敵する強度と、ナイロンを上回る伸縮性を持ち、既存の化学繊維をはるかに上回る。耐久性にもすぐれ、三〇〇℃を超える熱にも耐えることができる。重さもカーボンファイバーより四割も軽量だという。」と記されていた。

他にもプラスチック製品のように化学的分解しないのとは違って、バイオ製品だから自然分解も可能となることから、将来の多様な用途に合わせた素材としての意味は大きいと考えられる。

 クモの糸にぶら下がりたいという考え方をずーっと突き詰めていくと、クモは人間よりは断然早く地球に出現し、色々な環境の変化に適応や順応を繰り返しながら、今の形や特性を身につけるようになったことが分かる。地球の生物としての先輩の知恵や機能等を私たちが学ぶことが、きっと将来の人間の生き方への貢献に繋がるのではないかと考えるようになった。(ジョロウグモの場合 クモ目 コガネグモ上科 ジョロウグモ属 ジョロウグモ)

                             

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