ハグロトンボ

動物編

ハグロトンボは名古屋や蟹江周辺でも何十年も前にはよく見かけたものだった。羽ばたきながら飛んで、途中の石や草叢の地面に止まる。その時は翅を閉じる。そして時々翅をゆっくり開いてまた閉じる。オスだと思われる尻尾は深緑の金属光沢でとても美しい。そんなトンボを追いかけた。翅をゆっくり開いたり閉じたりしながらひらひらと飛んで行く。捕まえた記憶は余りない。しかし黒い羽とイトトンボを大きくしたような胴体の美しさだけは今でも印象深く覚えている。

ハグロトンボ

 そんなハグロトンボを見たり追っかけたりした経験をしながらも、谷川で見かけるカワトンボの方がハグロトンボよりは素敵な存在に思っていた。というのは小さい頃は山に入ったり清流が流れる谷川には出かけたことがなかったからである。

天童に住むようになって東北の自然が残っているこの辺りには清流が流れている。カワトンボはそうした谷川沿いに住んでいる。夏になって孫が娘と一緒に天童に遊びに来て、天童から山形市に向かう紅花トンネル脇に流れる村山高瀬川の支流に入って水遊びをしていた時に、周りのヨシの葉にカワトンボが止まっていた。タモ網や補虫網で追いかけて捕まえようとするとひらひらと飛んで行ってしまう。カワトンボはいつもこうした水辺や近くの草叢で見かける。

 翅を開閉する

 それに較べるとハグロトンボは水辺というよりは、市街地の公園や草叢等の水辺から離れた場所でよく見かけていた。勤めていた短大の図書館棟の非常階段にも現れて、写真を撮ろうと研究室にカメラを撮りに行って戻った時には、遠くの方を飛んでいて撮ることができなかった。こんな経験から谷川の水辺と異なる場所がハグロトンボの生活場所と思っていた。

何年か前に鶴岡マリア幼稚園の佐藤由紀先生が天童にやってきた時に、いつも私が写真撮りしている原崎沼を案内した。沼の周りの遊歩道を歩いていたらハグロトンボを見かけた。それまでは原崎沼ではハグロトンボは見たことがなかった。ここにもハグロトンボがいるんだと思ったがその後は見かけていない。

 オス同士の縄張りをめぐるせめぎあい

蟹江に戻ってからは自宅がある団地周辺ではハグロトンボを見かけていない。岐阜県海津市南濃町(養老公園の東南)にあるハリヨ公園にトゲウオの仲間のハリヨの写真を撮りに行ったら、その公園の池から津屋川に流れ込む水辺に数匹のハグロトンボが飛んでいた。その一匹はその水面の藻の上に止まって、水中に尻尾を曲げて単独で産卵しいていた。ハグロトンボも沼や池でなく川で産卵することに驚いた。

翌年になってまたハリヨ公園に出かけたが、そこでも数匹のハグロトンボを見かけて写真を撮った。この辺りには普通にハグロトンボがいるらしい。確かにこの辺りで産卵しているのだから、そこで孵って幼虫で過ごし羽化するのは当然だろう。私の経験からハグロトンボは水辺から離れて生活しているという考えが誤っているのかもしれないと考えるようになった。

 ハグロトンボの埋め込み産卵

そこで、「日本のトンボ」(尾園暁 川島逸郎 二橋亮 文一総合出版)では「平地~丘陵地の河川、用水路。抽水植物や沈水植物が繁茂する環境を好む。生活史は卵期間二~三週間程度、幼虫期間は一~二年程度(一~二年一世代)。幼虫で越冬する。形態は国内のトンボの中では例外的に縁紋が存在しない。備考として、河川改修を行うと激減することが多い。交尾はメスを発見したオスは、メスの前でのホバリングや水面に後翅をつけるアピールを行い、メスが拒否しなければ連結して移精、交尾を行う。産卵は、メスは単独で水中に沈んだ植物組織内に産卵する。その間オスは近くに止まって警護する。集団産卵や潜水産卵もみられる。成熟オスは日中、川辺の植物や石に静止して縄張りを占有する。気温の高い日には、時おり翅をパッと開く。」と記されている。

この記述からハグロトンボは水辺近くにいることが多いようなのである。ハリヨ公園辺りは平地で、湧水池であるハリヨ公園の水は割りと綺麗で澄んでいるものの、水温は谷川のように低くはない。この辺りでカワトンボを見かけたことはないから、カワトンボとハグロトンボとは生息環境は似ているものの、気温等の条件は異なるのかも知れない。

こうしたハグロトンボに対する私の偏見は私の生活環境だけのある事例から人間の持つ般化能力によって拡大させてしまった結果なのだろう。客観的な事実を知るための自分を作り上げることの難しさを痛感した事例といえる。(トンボ目 カワトンボ科 アオハダトンボ属 ハグロトンボ)

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