ツマグロヒョウモン

私は小さい時にトンボやチョウをタモ網で捕ったりしたが、チョウよりはトンボの方に夢中だった。昆虫採集に夢中になった少年たちは概ねチョウの方に惹かれるらしい。白い補虫網でさっとチョウを巻くように捕るのがその醍醐味ではなかろうか。最初の昆虫採集の体験が小学校高学年や中学生のお兄ちゃんたちとのトンボ捕りだったので、その後はトンボ捕りに夢中になっていった。その当時は駄菓子屋で売っている網はタモ網しかなかった。細長い白い補虫網は値段も高く特定の道具屋でしか手に入らなかった。タモ網でチョウを捕まえると、チョウの翅がすぐ壊れ破損してしまう。そして網から上手く取り出さないと、その翅の鱗粉が手についたり網についたりするので、好きになったり積極的になれなかった原因のように思う。

 十月に善太川の土手を歩きながらカモの写真を撮っていたら、永和中学校の近くの土手でとても綺麗な模様のチョウを見かけた。これまで見たことがないチョウだった。そこでカメラで写真を撮った。翅の表の模様ばかりでなく裏の模様も綺麗だった。家に帰ってパソコンに取り込んだら何枚かは鮮明なものがあった。これまでにこれと似ているチョウの写真を撮ったことがあった。その写真もパソコンに取り込んでいた筈だがどう探してもどこにあるのか分からないまま現在に至っている。

チョウの図鑑で調べてみたら善太川で撮ったチョウはツマグロヒョウモンのメスで、以前に撮った写真はヒメアカタテハではないかと思う。見た感じは同じだがツマグロヒョウモンのメスの色合いが微妙なグラデェーションになっている。それに較べるとヒメアカタテハはそうした微妙さがないので、慣れてくれば一瞬で区別できるようになるのではなかろうか。

 十一月半ばに同じ善太川の同じ場所で今度はヒョウモンチョウを見つけた。ヒョウモンチョウの模様は同じように見えてそれぞれ少しずつ違う。「ヒョウモン」とは肉食動物のヒョウ柄に由来しているらしい。このヒョウモンチョウの種類がまた多いのである。そのヒョウモンチョウの斑紋と翅の縁などを調べてみたら、これはツマグロヒョウモンのオスだと分かった。この時期にはヒメアカタテハは見たことがないのでその成虫になる時期が違うのではないかと思う。

 翌年の十月下旬に天童に出かけて住んでいたアパートや山元沼、原崎沼の辺りを歩いてみた。この時期にピンクのサクラタデが咲いている時期だったので、その写真を撮りたかったからである。偶然にハナタデの写真も撮ることができラッキーだった。その周辺を歩いていたら偶然にツマグロヒョウモンのメスが花に止まっていた。言うまでもなくそこで写真も撮った。東北の方が名古屋よりは季節が早く進むので、十月下旬に見かけたのは秋の終わりということである。このことからもツマグロヒョウモンとヒメアカタテハの活動する時期は異なるのではないかと思うようになった。こんな似た模様のチョウがいると雑種が出来る可能性がある筈だが、交尾までの行動系列が異なることや紫外線の微妙な色や匂いの違い等と共に、成虫の発生時期の違いで交雑が避けられているのかも知れない。

ツマグロヒョウモン(左メス 右2つ オス)

 「日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編 誠文堂新光社)のツマグロヒョウモンの項目で「食草はパンジーやニオイスミレなどのスミレ類の栽培種を好み、在来種ではタチツボスミレ、スミレなどを利用する。生育環境は、主に平地~丘陵地の明るい草地。人家周辺、都市公園、農地などに見られ、特にパンジーの植栽に伴って都市部で多い。また成虫の時期は大阪付近では八月からとなっている。」と示されている。またヒメアカタテハでは「食草はハハコグサ、ヨモギ、ゴボウ(キク科)、カラムシ(イラクサ科)など。生育環境は平地~丘陵地の明るい草地。農地の畦やその周辺、河川堤防、墓地のほか、山地草原でも見られる。秋になると個体数が増加し、寒冷地にも進出する。成虫時期は大阪付近では七月半ばから八月にかけてである。」これらのことから、種による食草が異なることは当然だが、その成虫の発生時期はやはりツマグロヒョウモンの方が遅いようである。

 交尾中のツマグロヒョウモン その1

 チョウの翅と鱗粉といえば、それを集めて額縁に入れて絵にしているのを見たことがある。確かに綺麗だろうなと思うが何か残酷な気もしないでもない。でも法隆寺にある「玉虫の厨子」は昆虫のタマムシの翅を使ったものだから、昔からそんな使い方をしていたのだろう。タマムシの翅も光の当たり具合で微妙に色が変わる。

 勤めていた短大では保護者会の役員会があって、一年に一回研修会をすることになっていた。ある時天童の隣の東根市にある電子顕微鏡の製作会社の見学に行ったことがある。電子顕微鏡は精密機械なので地震の揺ればかりでなく、車両による地面の揺れも避けなければならない。そのために都会から離れた場所に製作所が作られていた。その時に工場内を案内し説明してくれた人が、顕微鏡の精度を示すためにチョウの翅の鱗粉を見せてくれたことがあった。とても綺麗で自然の造形の妙を知らされたように思ったことを思い出す。

 交尾中のツマグロヒョウモン その2

 きっとチョウの世界に入ると奥が深いのだろうなと思いながらも、トンボの世界の微妙さもまた深いよなと思うのである。(チョウ目 タテハチョウ科 ヒョウモンチョウ属 ツマグロヒョウモン)

コメント