ギンヤンマ その1

動物編

ギンヤンマは人生の中で一番印象深いトンボである。物心ついてから二軒長屋が何棟も並んだ東芝社宅に住んでいた。同じ社宅のお兄ちゃんたちの後について、ギンヤンマ捕りと釣りをした。小学校一年生頃だったと思う。ギンヤンマのオスは広い田んぼの上をいつもぐるぐる回っている。メスが縄張りに入ってくるのを待ち受けているのと、他のオスが入り込むと攻撃してその縄張りから追い払うためである。川では橋と橋の間が縄張りで、その間を行ったり来たりしている。昼間に飛んでいるオスが止まった姿を見たことがない。とにかく飛び続けている。

 毎年夏休みになるとそうした田んぼや川を、午前と午後の二回皆で巡回してギンヤンマ捕りをしたものである。ギンヤンマはヤンマの中でもオニヤンマやウチワヤンマと同様の大きさで、トンボとしては大型のトンボである。しかもその姿と色合いがとても美しい。

縄張りを巡回飛翔するギンヤンマのオス

オスは体が緑色だが胸の下が綺麗なブルーであり、尻尾は全体に黒い。それに比べるとメスは胸の下が白で尻尾がこげ茶色である。しかも翅が少し茶色がかっているので、遠くからでもオスかメスかの区別は割と簡単にできる。

 ギンヤンマは簡単に捕れるトンボではなく捕る技術が必要である。田んぼの上を巡回しているギンヤンマのオスをどう捕るか。オスが私たちに近づいてきた時、タモ網を振りながら口笛を吹く。オスが近づいてくる時にタモ網を左右に振ると、その振るリズムに合わせて左右に動きながら近づいて来て、タモ網の手前で急上昇する。その時に上手く網を掬うのとヤンマの上昇がぴったり合うと網の中にオスが入る。実際にはそう上手くいかないことの方が多く、上昇して遠くへ飛んでいってしまう。

 そうしたお兄ちゃんたちのギンヤンマ捕りを傍で見ながら私は捕り方を学習した。後年になってお兄ちゃんたちの捕り方で、口笛を吹くのが効果的なのかどうかは疑問に思うようになった。その頃は捕り方の全てを真似ることが一先ず学習する方法だったのである。中学年から高学年になって自分で捕るようになったが、そのタモ網にオスが入った時の感動は言葉では言い尽くせないものがある。何十年か経ってもギンヤンマを捕った時の夢を見ることがある。その捕った瞬間には寝ていても体が震えてしまう。オスを捕ることができても、タモ網を勢いよく振り回すと網の目にヤンマの頭が入り込んでしまう。それを取ろうと力を入れすぎると胸と頭が千切れて取れてしまう。そのオスは死んでしまうが、捨てないで他のオスを捕った時に胸を割いてその筋肉を餌として与えるのである。

連結飛翔と産卵

 オスを直接捕る方法の他にオスとメスが連結しているギンヤンマを捕る方法もある。産卵のために田んぼの稲や笹などの葉に止まって、メスが水中に尻尾を入れて産卵している時を狙って捕るのだ。連結して止まった状態のオスとメスを一度に捕れれば良いこと尽くめである。

メスが捕れればメスの胸に黒の木綿糸をかけて、その糸の先に竹か木の棒を繋ぐ。それを田んぼや川の縄張りにいるオスに向かって棒をゆっくり回転させる。つまりギンヤンマ釣りである。メスを棒の回転に合わせてゆっくりと飛翔させ回転させる。そこにオスが飛んで来るとメスを連結して連れていこうとする。メスは糸で繋がっているので棒の回転に合わせて、オスも連結したままゆっくり回る。その時にタモ網で繋がったオスとメスを捕るのである。場合によってはその棒をゆっくり回しながら地面に降ろすと、連結したオスも地面に降りる。そこでタモ網を被せて捕ったりもした。

  陽射しを避けるギンヤンマ

連結したギンヤンマを手に入れると、メスを使ってオスを大体五~六匹位は捕れるので、何とか連結したオスとメスを捕りたいと追っかけ回すことになる。私はそのために田んぼの中に裸足でバシャバシャと入って捕ろうとした。産卵中のオスとメスは危険を察して飛び立って逃げる。またそれを追いかけることを繰り返す。とにかく田んぼには下駄では入れないので裸足になって追いかける。どこまでも追いかけるのでどこで下駄を脱いだか分からなくなって、家に帰って母から「新しい下駄をどこに置いてきたのか。」と怒鳴りつけられる羽目になる。そんなことが再三あった。ギンヤンマの方に気持ちが向いているのでどこの畦道に下駄を脱いできたのか全く思い出せないままだった。 

 私は小さい時にタモ網でトンボやチョウを捕っていた。捕虫網のような高尚なものは、釣り道具屋や駄菓子屋では売っていなかった。そこでそのタモ網で魚を捕り、トンボを捕りチョウをも捕ったのである。他にトンボやセミ捕りにはトリモチも使った。そのトリモチも鳥を捕る専用のものというよりは、ハエ取り用で四角い紙になったものや、丸められて細長い帯状になっていて紙を引き伸ばして天井からぶら下げるものである。それをぶら下げておくとハエが来てくっついて逃げ出せなくなる。そのトリモチを一本竿の竹を回しながら塗り付けて付着させる。それで木の幹や枝のセミや笹や小枝に止まっているトンボにくっつけて捕るのである。そのトリモチは翅にべったりくっついてしまうので、私は余り好きな方法ではなかった。

 上述したように田んぼに飛んでいるオスを捕れる確率と、オスとメスが連結したものを捕れる確率からすると、断然オスだけの場合が多い。小学生の私は何とかこのオスをメスにさせられないかと考えた。そこで絵の具を使ってオスの黒い尻尾を茶色に塗り、胸の下のブルーを白く塗り、そして翅を少し茶色に塗ってメス化させてそれを糸に結びつけて回してみた。田んぼの上でメス化させたオスを回してみたらオスが近づいてきて同じように回転していたが、二周位すると離れて行ってしまった。その間にタモ網でパシッと捕ることが出来た場合もあった。ギンヤンマのオスはメスかどうかを同定するのに、まず視覚的に行い、次に交尾器等の特徴によって判断しているのではないかと思われる。  ギンヤンマは私の少年期の想い出の大きな部分を占めている動物といって良いだろうと思う。(トンボ目 ヤンマ科 ギンヤンマ属 ギンヤンマ)              

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