カルガモ

動物編

カモの中でもカルガモの名前は誰にもよく知られている。それも春先になると、都会の真ん中の池や川から別の場所に移動して道路を横断する際、ヒナが親の後を必死で追いかけていく姿が微笑ましいことから、度々ニュースになる。場合によっては犬の後をヒナが追っかけるとニュース・ソースとしては価値が高くなる。

このヒナが親だけでなく別の動物を追尾する行動は、よく水禽(すいきん)類に見られる刷り込み学習(刻印づけ)と言われている。余談になるがそれについて少し記しておこう。

刷り込み学習は、ハインロートやローレンツによって広く知られるようになったもので、生得的な仕組み(本能行動)と孵化後の外的環境の刺激との組み合わせによって起こる、非常に面白い学習である。というのは、孵化して初めて見たある角度(視角)を持った動くものに対して、一瞬で刷り込みが起こると言われている。つまり一度起こってしまうと変更することが難しい不可逆的な学習である。刷り込みが起こる条件として、動く物、ある視角(人間ならハイハイしている状態)を持ったもの、反応するもの、生後のある時間内(種類によって三~四時間から一二~一三時間)に初めて見た刺激に対して追尾行動するようになる。普通の状況ならそれは親だが、母鳥が抱卵するのを放棄した結果、人工孵化するとヒナが親以外のものに刷り込まれてしまう。私が見たものではタンチョウヅルの人工孵化と飼育で、ツルの親に似せたマスクを被り白い服で身を包んで飼育するテレビ番組が印象的だった。刷り込み時間を過ぎてしまうと同じ刺激を追尾しなくなり、逆に逃避行動すると言われている。

 そんなことをすぐ思い出させるカルガモであるが、最近までカルガモと他のカモとの区別はつかなかった。蟹江近くの善太川や福田川には沢山のカルガモがいて、冬でも川の縁のコンクリートの上で何羽も並んで日向ぼっこをしている。この辺りではカルガモは一年中見られるので、春になっても日本海を渡って中国やシベリアには移動しない。カモの仲間ではマガモと同様に大型のカモで、コガモやミコアイサのように神経質で近づくとそわそわして落ち着かなくなるということもなく、人を極端に恐れないカモという印象を持っている。

 カモの仲間の区別は殆どつかなかったが、だんだんカルガモの特徴は分かるようになってきた。最近では川面に浮かんでるカモをみると、カルガモかそうでないか一瞬で分かる。一番の同定手段は、羽の色が鱗のように焦げ茶色であること、嘴は黒いが先端部が黄色いこと、陸上に上がっている時には足が黄色か橙色であることで区別している。カモの仲間では大きいので分かりやすいし、そこら中にいるので学習し易いこともある。だが、カルガモのオスとメスの区別は今でも確実にできない。鱗状の羽の色が黒い方がオスと書かれている本があるがどれも同じように見えてしまう。

三月初旬に近くの福田川の堤防を一時間半位かけて歩いたが、その川沿いにカルガモがいた。私が近づくと堤防の縁から水面に飛び立つが必ず二羽ずつだった。春先なので恐らく番い(つがい)ではないかと思う。それぞれの二羽を見てもどちらがオスでどちらがメスか分からなかった。他の種類のカモの殆どは生殖羽のオスが綺麗でメスは地味でどの種類のメスも似たような風情である。それでも二羽が連れ添っている場合が多いのでオスとメスを同定できるが、カルガモだけはそれが全く分からない。本人(本羽)に聞いてみなければ分からないという状況である。

善太川ではカルガモが川辺から土手に群れて上がっていることが度々ある。その土手の辺りを歩くと糞がしてあり緑色のものか黒いものが多い。これらから察すると植物食だと思われる。

一月中旬に日光川河口に架かる日光大橋の脇に車を停めて、川沿いの土手を南にカメラを持って歩きだした。その土手を歩いて行くと善太川と合流する突端に出る。その突端から右に行くと、今度は善太川の土手になっている。日光大橋は県道七〇号線が走っている。善太川の土手をどんどん行くと、善太橋が架かる七〇号線に出る。つまり土手を一周する二~三キロ位の行程である。日光大橋の近くにはモーターボートや漁船が係留されていてその先にはヨシ原があり、その中に大きな木が生えている。そこでカワラヒワ、キジバト、オオジュリン、ヒヨドリ、ムクドリ等を見ることができる。日光川や善太川の水面にはカワウやカルガモが見られるが、中でもカルガモの数が多い。

その土手を写真で撮りながら歩いていたら向こうから軽トラックが走って来てすれ違った。そのまま行ってしまったが土手の道幅が狭いので、私が道をあけなければならなかった。その土手をぐるっと一周して、日光大橋近くに置いてあった車に戻った時、その傍を先程すれ違った軽トラックのおじさんが、私に声をかけてきた。「良い写真が撮れたか。何を撮ったのか。」と尋ねてきたので、「あまり良い写真は撮れなかった。」と応えた。彼の車の中を見ると釣り道具の他に散弾銃と実弾の箱があった。そこで「何を撃っているのか。」と私が尋ねた。「カモを撃っている。」との話だった。彼の話から土手で車を走らせながらカモを探していたが、私が写真を撮っていたのでカモ撃ちを中止したとのことだった。誤射する可能性があるからだろう。そしてカモのうち主にカルガモを撃っているとのことだった。「マガモは撃たないのか。」と尋ねると、「撃たない。殆どカルガモだ。そして撃ったカモは近所にあげている。その肉は美味しい。」とのことだった。「散弾銃なら散弾が広がるので、正確にカルガモを狙わなくてもその辺りに撃てば、当たるのではないか。」と尋ねると、「そう簡単には当たらない。タイミングが難しい。散弾の飛ぶ距離は二五〇メートル位なので、水面にいるカルガモに向けて撃っている。日光川の川幅は二五〇メートル以上なので、川に向かって撃っている。」と話してくれた。そこで「川にいたカルガモに当たったとして、どうやってカルガモを取りに行くのか。」と尋ねると、「ここに係留してある船で取りに行く。」とのことだった。係留されている船を保有しているようだった。彼が言うには「狩猟期間は十一月一五日~二月一五日の三か月間で、その後は木曽川にウナギ捕りに行っている。」との話で、一年中遊んでいると話をしてくれた。

動植物の写真撮りをしているとこのように偶然に知り合い、話すようになることもある。この辺りのカルガモは、他の場所のカルガモよりも警戒心が強いように感じていたが、散弾銃で撃たれた経験があるからに違いない。

「日本のカモ 識別図鑑」(氏原巨雄 道昭 誠文堂新光社)のカルガモの項目には、「日本では周年見られる。大きさは全長五八~六三センチ。翼開長八三~九一センチ。特徴は、大型のカモで、マガモとほぼ同じ大きさ。雄雌の羽色、模様は似通っていて違いが少ない。全身ほぼ黒褐色で顔と首は淡色。嘴は黒く、先端に目立つ黄橙色部がある。足は赤味のある橙色。翼鏡はぐんじょう色で、翼鏡を挟んで前後に狭い白色帯がある。白色帯はマガモより狭く、大雨覆の白色帯はほとんどない個体も多く、個体差がある。分布は日本全国に普通に分布繁殖し、周年見られる。~中略~ 河川、池沼、沿岸、河口、水田など幅広い環境に生息する。おもに植物食で、イネ科植物の種子、植物片、どんぐりなど。そのほか水棲の生物も食べる。また生息分布の地図では、中国沿岸部、日本では繁殖分布と越冬分布が重なっている。」と記されている。これらカルガモの生態の特徴記述は、私が経験しているものと同じだった。

 春先になって善太川、木曽川や長良川で越冬していたカモたちがいなくなって、カルガモだけになりひっそりしてしまった。写真を撮りに行くと賑やかだった川辺が静かになって取り残されたような寂しい気がするようになった。カモ・ロスなのだろうか。定住しているカルガモたちもそんな気持ちでいるのだろうかと感情移入して思いを馳せてしまった。(カモ目 カモ科 マガモ属 カルガモ)

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