カモシカ

動物編

東北に住んでいると野生の動物と遭遇することがある。会おうとして会えることはなく、偶然に林の中や道路で出会う場合が殆どである。ニホンカモシカ(以下カモシカ)にしても同じである。車で道路を走っている時に杉林の入り口で見かけたり、宮城県側の山沿いの作並温泉近くの国道四八号線では親子のカモシカが横断しているのに出会ったりしたことがある。車のドライバーたちは車を停めてカモシカ親子が横断するのを待っていた。こんなことも東北の野生動物とのつき合いのルールになっているように思う。

原崎沼の遊歩道を横断していったカモシカ

 そんなカモシカにやはり吃驚する場所で会うこともあった。私の定点観測地である原崎沼の遊歩道でカモシカが遊歩道を横断していった。奥羽山系の端(はずれ)とはいえ田畑があり人家も近くにある。こんな場所で見かけることは予想もしていなかったのでとても驚いた。その時カメラを持っていたのでその横断中のカモシカの写真を何枚か撮った。時期は夏の頃だったと思う。

 また別の機会ではさらに人家に近い山元沼の杉林の奥で見かけた。ちょうど春先だったので林の中のショウジョウバカマやキクザキイチゲの写真を撮ろうと入っていったら、奥の開けた場所でカモシカを見かけた。そのカモシカは冬毛だった。冬の期間雪の多い山中で生活するから冬毛なのは当然だろう。近くで見かけたからか、そのふさふさした冬毛の印象が今でも心に残っている。この時もじっと動かずに観察していたら私の存在に驚くような様子はなくゆっくりと移動して尾根の方に向って行った。尾根といっても別荘のような家があるから人家近くであることに違いはない。

 春先に山本沼のスギ林で見かけたカモシカ

 宮城県村田町から川崎町まで通じる国道二八六号線を走っていたら、杉林を伐採した後のススキ原になっている傍でカモシカを見かけた。行き過ぎようとしたが車をバックして停めて、カメラを持ってカモシカが見える道路端まで行った。まだカモシカはいたが私をじっと見たまま動かなかった。私はそのカモシカをカメラで撮った。私とカモシカの距離は五〇メートル位だったがじっと私を見つめている。私もカモシカをじっと見つめていた。一~二分位はそうしていたのではなかろうか。見つめ合っていた私が車の方を見返した瞬間、そのカモシカはススキ原の中に消えて行った。どうも私の動きを見つめて行動を探っていたのではないかと思う。こうした経験はあま市と清須市の境にある五条川の草叢で出会ったタヌキも同様だった。こちらと目を合わせてじっと動かずにいるので何度もシャッターを切ることができた。こうして見つめ合って動かない行動は動物の習性ではないかと勝手に考えている。

  じっとこちらを見つめて動かなかったカモシカ

 東北にいるとカモシカはニホンザルの群れに出会うのと同じ頻度数で出会うので、余り特別の感じはしなかった。蟹江に戻ってテレビで愛知県の尾張旭市の民家にカモシカが現れたというニュースがあり、捕獲している様子も放映されていた。毎日新聞による概要を示すと「五月一二日午前七時ころ、愛知県尾張旭市井田町の民家の庭先に『シカが一頭いる』と目撃者から一一〇番があった。県警守山署員や市役所職員が現場に駆けつけたところ、国の天然記念物のニホンカモシカ一頭が付近の住宅地を歩き回っているのが確認された。市環境課によると、ニホンカモシカは近くの運輸会社の敷地内に入り込み、建物とフェンスの間にとどまった。市職員や警察官が周辺にネットを張るなど捕獲の準備をし、午後一時過ぎに麻酔で眠らせ捕獲した。同課によると、周辺に山や森などはなく、ニホンカモシカがどこから現れたのかは不明という。」この記事やニュースからは、ニホンカモシカが住民に被害を及ぼす危険があると考えている様子が分かる。それがニュースになる位だから、何と人間本位にしか野生動物を見ていないのではないかと寂しく感じてしまった。カモシカは臆病で人を傷つけるような動物でないことを知らせる必要があるのではないかと思う。それに反して山形でカモシカがテレビで放映されるのは、山形新幹線とカモシカがぶつかってダイヤが乱れたというようなニュースの時だけである。

 カモシカはウシ科、カモシカ属、ニホンカモシカ(種)でウシの仲間である。だから食べたものを反芻(はんすう)することもできる。食性は草食植物で、草の葉、木の芽、小枝、花や実、笹などを食べている。「アオの寒立ち」といわれて、冬に何時間も立ったままじっとしているが、どうも雪等があるので横になれずに立ったまま反芻しているらしい。

 ウシ科の特徴である足のひずめは二つに分かれている。そのひずめの特徴故に急勾配の山や崖を走り回ることができる。奥羽山系の山々は急勾配のところが多い。国道四八号線の作並に抜ける山も、奥羽山系の月山新道の一一二号線も、谷川の縁は急勾配になっている。特に朝日連峰(月山新道のある)の山々に入り込んでしまったら、もう生きては帰れないだろうなといつも思う。一見すると山で迷った時には川伝いに下山すれば良いと言われているが、その谷川に降りることが不可能な程の急勾配の場所が多い。カモシカはそんな地域を生活の場としている。ひずめが二つに分けれて大きく開けるようになっていて、後ろ指がブレーキの働きをするから、こうした崖や急勾配の山を自由に歩けるのだろう。

 カモシカは低山地から亜高山帯のブナやミズナラ等の落葉広葉樹林の林などを生活の場にし、越冬せずに冬でも活動している。私が動植物の写真を撮っていたのもこうした場所だったので、カモシカに度々出会う筈である。

 カモシカは日本中のどこにもいると思っていたが、そうでもなさそうだった。北海道を除く京都府から東の本州に見られ、四国、九州などでは少数棲息しているという。しかも日本の固有種である。一時その数が減ってきて昭和三十年(一九五五年)に特別天然記念物に指定され保護されるようになった。しかし、畑の害獣として駆除されている場合もある。山形県では県の花「紅花」、県の鳥「オシドリ」、県の木「サクランボ」、県の魚「サクラマス」と同様にカモシカを「県の獣」に指定している。このように「県獣」としているのは、山形県の他に栃木、富山、山梨、長野、三重県であり、主に日本の脊梁山脈を背景にする県である。

 カモシカはどの県でも普通に頻繁に見られる獣ではないようだ。私とカモシカとの出会いはささやかな経験だとこれまで考えていたが、誰でも経験できるものではないかも知れないと思うようになってきた。(偶蹄目 ウシ科 カモシカ属 ニホンカモシカ)

コメント