アオスジアゲハ

動物編

小さい時からアオスジアゲハはよく見かけていた。小学校の頃名古屋の東芝社宅の道路の向かい側に西陵商業高校があった。その敷地内にあるサンゴジュの木の上に、夏になるとヤブガラシが蔽(おお)って、アオスジアゲハがその花の蜜を吸いに来ていた。私にとってヤブガラシとアオスジアゲハは対連合して記憶されている。夏の陽射しが強い時には、撒いた水の湿り気のある地面に翅を動かしながら口吻を伸ばしている姿を何度も見かけた。少年時代のセミ捕りやトンボ捕りの情景とも重なっており、その点でもアオスジアゲハは馴染み深いチョウである。

 このヤブガラシとアオスジアゲハで思い出すのが、アオスジアゲハの口吻が短いことである。オシロイバナやユリ科の花は花びらから蜜がある雌しべの根元までの距離が長いので、その短い口吻では届かない。そこで蜜が吸いやすい花に寄って来ることになる。ヤブガラシは花びらがなく雌しべが露出しているので蜜は吸い易い筈である。アオスジアゲハとヤブガラシは私のイメージ通り深い関わり合いがあるのだ。

 野草や小動物の写真を撮っているとミヤマキケマンやツリフネソウ等では、マルハナバチは距(きょ)になっている花の奥の蜜を吸うのに、花の途中部分を食い破って蜜を吸う。こんなことをされると、植物にとって花の花粉を雌しべにつけて貰う仕組みが働かないことになる。花とチョウやハチとの共生というものの実際には激しいせめぎ合いがあるのが現実ではなかろうか。

 蟹江に戻ってからアオスジアゲハの写真を撮りたくて、六月にあま市の藤島神社や愛西市の工場脇のクスノキが生えている場所に行った。クスノキは蟹江にある須成神社を含めてどの神社にも、そして名古屋城周辺にも生えている。この地域は照葉樹林帯に入るので落葉しないクスノキが多い。

 もともとクスノキは南方系の木で東海地方に較べて関東や東北地方では多くない。関東や東北では神社にしか見かけないことから、歴史的に人工的に植えられてきたのである。クスノキの葉を揉むと揮発性の良い匂いがする。防虫剤の原料である樟脳(しょうのう)を採取する。アオスジアゲハはこの揮発性の樟脳の匂いに誘われて産卵のために飛んでくるのだろう。

藤島神社のクスノキの下で待ち構えていると、木の上の方を素早く飛んできてある葉のにいるかと思うとすぐに別の葉に移動してしまう。これまでの経験から飛翔力が強く素早いチョウだと思っていたが、写真を撮ろうとしても画面に入らないまま移動してしまい、撮れないことが殆どだった。目の奥には小さい時からのアオスジアゲハの姿が記憶されているが、写真には撮れない状況が何年も続いていた。

 また車で走ると通りすがりの家の庭でアオスジアゲハを見かけることも多い。アゲハチョウを見かけるよりは少ない程度で蟹江周辺ではよく見かけるチョウである。

 翌年の五月半ば過ぎに野草、鳥や昆虫の写真を撮ろうと蟹江から関西線永和駅の方へ歩いて行った。自転車で行く道とは違った脇道を通って新しい被写体がないかとブラブラしながら歩いた。日光川の隣には佐屋川が流れている。この佐屋川は幅広い所とそうでない所があって蟹江川や日光川とは違う感じの川である。その川は遊漁料が千円と書いた看板が立っている。

蟹江は建築家の黒川紀章の出身地で、昔テレビで対談している時に、黒川紀章が佐屋川は黒川家の敷地だと話しているのを聞いたことがある。その話から黒川紀章は大富豪の子弟なのだなあと思ったものである。佐屋川は川の中にプラスチック網で囲いがしてあり、隣の日光川とは趣きが違っている。

その佐屋川を渡る小さい橋の周りにシロツメクサ(クローバー)が沢山咲いていた。その写真を撮っていたら、そこにアオスジアゲハが飛んできて蜜を吸い出した。翅をいつも震わせながら懸命に蜜を吸っている。マメ科の小さい花が集まったシロツメクサの白い花ならアオスジアゲハの口吻で蜜まで届くだろう。私が近づいて写真を撮っていても知らん顔だった。この時期は産卵時期ではなく成虫が出てくるには早すぎる時期である。個体維持に労力を費やしているのではないかと思った。カメラのシャッターを何度も切ってアオスジアゲハの写真を撮った。翅をいつも震わせながら蜜を吸っているのでパソコンに取り込んでみたら翅の部分がぼやけた写真が多かった。でも間近で写真が撮れたのは幸運だったとしか考えられない。

「日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編 誠文堂新光社)のアオスジアゲハの項目には、「食草はクスノキ、タブノキ、ヤブニッケイなど(クスノキ科)生息環境は森林・公園 平地~丘陵地の照葉樹林が本来の生息地。食草が生える社寺林、街路樹、公園なども好む。行動は日中、高所を敏速に飛翔し、ヒメジョオン、ヤブガラシなどの各種の花を訪れる。オスは吸水性が強い。生育状況・保全は食草が街路樹としてよく植栽され、都市部では普通に見られるチョウとなっている。」と示されている。

これらの記述を見て、そういえば落葉樹林帯である天童辺りでは見かけたことがないなと思った。このチョウは名古屋を含めて照葉樹林地帯と共に生きてきたチョウだと再認識した。ブラブラとカメラを持って歩いていると今回のような偶然の出会いが多々ありブラブラ歩きも満更悪くはないなと思っているところである。(チョウ目 アゲハチョウ科 アオスジアゲハ属 アオスジアゲハ)

                             

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