夏になるとコンクリート道路の交差点上の空間や、道路の傍の草叢の上空に薄橙色のトンボが飛んでいた。それを我々子どもはアカトンボと呼んでいた。秋になるとこのトンボより小さい赤トンボが出現する。それらは飛翔力が弱く草の葉や枝にしょっちゅう止まる。それに較べるとこの薄橙色のアカトンボは殆ど止まらずに、暑い中でもいつも空中に漂いながら飛んでいる。小さい頃からそのトンボをタモ網で何度も捕ろうとしたが、なかなか捕れなかった記憶がある。
道路上を飛ぶウスバキトンボ
今でもこのトンボは、蟹江周辺の空き地や道路の広い空間で昔と変わらずに飛んでいる。他のアカトンボとの違いが分かるようになって、そのトンボがウスバキトンボというトンボであることを知った。このトンボが空中を漂うように飛んでいて飛翔力も強いことが分かったものの、それが繁殖のために二匹が連結しているのを見たことはなかった。
このトンボが止まっているのを見たこともなかった。真夏に団地から西の蟹江川の方へぶらぶら歩きながら植物やトンボの写真を撮っていたら、畑の空き地に沢山のウスバキトンボが飛んでいた。空中で飛んでいるウスバキトンボの写真を撮ろうとしても、私の技術ではなかなか綺麗に撮れない。それでも粘って撮っていると、そのうちの一匹がササゲを支える枯れ竹の枝の先に止まった。撮ろうとしたが結局はササゲの葉が邪魔して上手く撮ることができなかった。初めてウスバキトンボが止まっているのを見た。当然夕方になればウスバキトンボは葉や茎の先端に止まると予想はしていたものの、夕方や早朝に出かけていないので確かめてはいない。
暑さを避けるウスバキトンボ
その後関西線永和駅近くまで歩いて行った。歩行距離は自宅から三キロ位ではないかと思う。ぶらぶら歩いて行くと偶然にウスバキトンボが死んでいるのを見かけて写真を撮った。体は千切れておらず死んでから時間は経っていないようだった。その日は天気は良かったが強風が吹いていた。
そして日光川を越えて一五〇軒位ある下春日台団地を過ぎて田んぼの道を歩いて行くと、その田んぼ脇に一匹のアカトンボが止まっていた。ナツアカネとウスバキトンボは似ているが、ナツアカネよりはやや大きい感じだったのでカメラのシャッターを切った。何枚か写真を撮ったもののいつも通り一~二枚しか良い写真は撮れなかった。後でパソコンに取り込んで画面を見ると、死んでいたウスバキトンボと似ている。この時期にはアキアカネ等のアカトンボは見ていないのでウスバキトンボに違いない。このトンボも強風のせいで飛ぶのを控えていたのだろう。
水面上を飛ぶウスバキトンボ
そこを過ぎて関西線の線路際の農道をぶらぶら歩いていたら、突然ウスバキトンボが何匹か草叢から飛び立った。私が近づくまでそこにとまっていたに違いない。これまでウスバキトンボはいつも空中に漂っていると思い込んでいたのに、強風の好天気の日に三度もウスバキトンボが止まっているのを見かけたことになる。こんな単純な経験でも私にとっては忘れられない記憶になった。
私にとって馴染みの深いウスバキトンボは、もともと蟹江周辺でヤゴになって毎年繁殖しているのではなさそうである。ウィキペディアによると面白いことが書かれていた。長くなるが引用してみよう。「ウスバキトンボのメス成虫の蔵卵数約二九〇〇〇は、ほぼ同体長のノシメトンボの蔵卵数約八八〇〇の三倍以上である。~中略~ 産卵数の多さが日本における数か月での個体数急増を可能にすると考えられている。卵は数日のうちに孵化し、薄い殻をかぶった前幼虫はすぐに最初の脱皮をして幼虫となる。幼虫はミジンコやボウフラなどの小動物を捕食して急速に成長し、早ければ一か月ほどで羽化する。ウスバキトンボは寒さに弱く、幼虫は水温四度Cで死滅するといわれる。毎年日本で発生する個体群は、まず東南アジア・中国大陸から南日本にかけて発生し、数回の世代交代を繰り返しながら、季節の移ろいとともに日本を北上してゆくものである。~中略~ 毎年春になると南日本から成虫が発生する。南西諸島や九州、四国では四月中旬に飛び始めるが、本州南部では五~六月、中部山岳地帯や東北地方では七~八月、北海道では九月というように発生時期が徐々に北上する。寒くなり始めるとバッタリと成虫が見られなくなる。現在のところ、南下する個体群なども確認されていないので、寒さで死滅すると考えられている。~中略~ 日本で繁殖できないのは、熱帯性である本種が寒さに弱いことの他にも、冬の日本では幼虫のエサとなる水生小動物がいないことも原因ではないかという説もある。」と記されている。
連結産卵するウスバキトンボ
これらをみると、ウスバキトンボは熱帯性のトンボで、暑い時期に世代交代をしながら日本を北上していくように記されている。イチモンジセセリと同じように北上するらしい。ウスバキトンボがそこら中にいることを考えると、世代交代しながらとはいえこれ程のトンボの数が北上してくるのはすぐには納得できない。そこは蔵卵数の多さでカバーしているのだろう。夏の暑さは南から北上してくるのだからウスバキトンボが飛ぶ時期がだんだん北上していくことや、ウスバキトンボを見かける時期が地方で異なることは納得できる。しかし飛翔力があるとしても津軽海峡を越えて北海道に毎年行きつく保証があるのかどうか等、そんな素朴な疑問をやっぱり持ってしまう。
「日本のトンボ」(尾園暁 川島逸郎 二橋亮 文一総合出版)のウスバキトンボの項目では「本種は渡りをするトンボとして有名で、初夏になると北海道から南西諸島まで日本中でみられるが、冬期には八重山諸島をのぞいて死滅すると考えられている。」と示されている。熱帯性のトンボとは言え、他のトンボのヤゴと同じように、日本の湖沼や川でヤゴの形で越冬しているものもあるのではないかと、今でもこうした考えを捨て去ることができない。もともとのウスバキトンボが渡りを始めて、春から秋にかけて世代交代しながら北上するのが本当なら、私のウスバキトンボを見る目も変わり、愛しさが増すだろうなと考えてしまった。(トンボ目 トンボ科 ウスバキトンボ属 ウスバキトンボ)
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