イナゴ

動物編

秋になって稲穂が垂れて黄色くなった田んぼに、イナゴが沢山取りついている。私がギンヤンマやイトトンボの写真を撮るために畦道を歩いていると、畦道にいたイナゴたちが一斉に稲穂が垂れたイネに飛び移っていく。その数は半端ではない。

 イナゴ

 この光景は蟹江や関西線永和駅周辺の田んぼでも変わりはないし、山形県の天童周辺の田んぼでも変わりがなかった。数からいうと愛知県の方が圧倒的に多いような気がする。

 そのイナゴは秋に突然出現してくるのではなく、夏のイネが出穂(しゅっすい)する前の青々としたイネの茎や葉に小さいイナゴたちが取りついている。そんなことを知ったのは前に勤めていた短大の学生とゼミ旅行で、仙台、松島、岩手の龍泉洞などを回った時に、松島の民宿の周りの田んぼで小さいイナゴをたくさん見かけたからである。天童の原崎沼の遊歩道でも翅が生えていないイナゴ(不完全変態)がクズの葉の上にいるのを見かけたこともあった。

 イナゴといえば山形のスーパーマーケットではイナゴの佃煮を売っている。醤油で甘辛く煮詰めたもので、イナゴの姿そのものである。その値段は決して安くはない。山形人に聞くと小さい時はイナゴ捕りをしたという話だが、今ではしなくなったようだ。昔は捕ったイナゴをガラス瓶や布製の袋に入れていた。捕ったイナゴは農家の収入源の一部になったり戦後のタンパク質補給の一端と考えられた時代もあった。

 イナゴを捕ってから数日間はそのままにしておいて糞を出させてから、足を取って佃煮にする。私はこれまでイナゴの佃煮を食べたことはない。これからも食べないのではなかろうか。姿がこれほどはっきりしているバッタの仲間を口にするのは、何だか憚(はばか)られるのである。と言いながら姿がはっきりしている焼き魚や煮魚を食べているのだから、食わず嫌いに過ぎないことは分かっている。食文化の違いからくるものではないかと考えている。長野県のジバチの幼虫(ウジ)や成虫を食べる文化もそうしたもので、地元の人にとっては牛乳のような味がする美味しい食べ物だと聞いたことがある。でもやっぱり私は手が出ないと思う。

山形では今でもおばあちゃん達がイナゴ捕りしているのを見かける。私もイナゴを捕ってみようとしたが、ぴょんぴょんと素早く跳ねて移動するので、簡単には捕まえるのが難しい。稲穂が垂れている田んぼの中に入り込まない限り捕れない。イナゴ捕りもそう簡単な作業ではないのである。

東北では田植え時期には休校だったことがあったが、秋になると学校行事の一環としてイナゴ捕りをしたことがあるという話を聞いた。捕ったイナゴを集めて売り学校行事の費用に充てたというのである。その当時のイナゴは商品価値があったのだろう。

 イナゴといっても「コバネイナゴ」「ハネナガイナゴ」「ツチイナゴ」などの種類がある。子供向けの昆虫図鑑(小学館)にはそんな三種類が載っていた。「ツチイナゴ」は茶色い(だからツチイナゴ)から別として、私が見ている蟹江や永和付近のイナゴは、翅が短いから「コバネイナゴ」ではないかと思う。そんなイナゴの写真を撮っていたら、その中におんぶ状態の二匹のイナゴがいた。乗っているイナゴの方が小さく、乗せているイナゴの方が大きい。上のイナゴがオスで下の方がメスに違いない。カエルも乗っているカエルが小さくオスで、乗せているカエルがメスで大きい。小動物では基本的にメスが大きくオスが小さいのではなかろうか。体の大きさの違いは産卵するためエネルギーと関連しているのかも知れない。

  オンブイナゴ(交尾中もいる)

 このおんぶイナゴはただおんぶしているだけで、交尾している訳ではなかった。これから交尾し地中に産卵するのだろうか。小さい時からオンブバッタと言っていたバッタもオスとメスが交尾するためのものだったのだろう。

 その後天童に出かけて原崎沼に行ってみた。そこの草叢にやっぱりおんぶイナゴがいたがそれは交尾中であった。以前見たものはやはり交尾直前のものだったのだろう。

 交尾後イナゴのメスは土の中に産卵する。この産卵は稲作と密接に関連し合っている。多くのイナゴが水田にいるのだから、土の中に産卵するのは田んぼの土か畦の土ではなかろうか。秋になって田んぼの水が抜かれた頃に産卵し、春の田起こしで土をひっくり返す頃に卵から孵る。田んぼの苗が育っていく生長過程に合わせて、イネの葉や茎を食べながら育つのではないかと予想している。

 ところで蝗害(こうがい)というのは有名である。昔から中国やアフリカ等世界中で大量のイナゴが移動して畑や草原を食べ尽くす害が見られる。今もこうした害があるかはっきり分からない。ウィキペディアによると一八七〇年代にアメリカのネブラスカ州で、幅一六〇キロ、長さ五〇〇キロ、平均高さ八〇〇メートル、場所によっては一六〇〇メートルの高さで移動していったと言われている。こんなに大量のイナゴが移動していけば草原や畑の植物は丸裸にされるのは当然だろう。これを日本ではイナゴによる蝗害(こうがい)と名づけているが、実は日本のイナゴではなくトノサマバッタの仲間だと言われている。英語を日本訳するときに誤ったのである。

 このバッタは普段の孤独相から集団で飛翔しやすい群生相と呼ばれる体つきに変わる。その条件は孤独相が高密度の集団で世代交代を繰り返すと、群生相の個体が生まれてくるという。すると体色が暗色になる、翅が長くなる、足が短くなる、孤独相の時に食べなかった植物まで食べるようになる等の体つきや行動の変化が見られる。こうしたことを相変異(そうへんい)と呼んでいる。つまり同じ種類のバッタでありながら、ある条件になると違った体つきや行動をするようになる。

 日本のイナゴには、上述のように緑色の「コバネイナゴ」「ハネナガイナゴ」があるという。これは種の違いなのか、それとも交尾が可能なのだろうか。多分交尾可能ではないかと考えている。「コバネイナゴ」に較べて「ハネナガイナゴ」の方が飛びやすい傾向が予想される。子供向きの図鑑(小学館)には二種類と記されているが、相変異によるものが固定して、日本の田んぼと共生して集団移動する必要がなくなったのではないか。もし日本の田んぼが温暖化で乾燥してイナゴの食べ物が少なくなってきたら、このイナゴたちも大挙して移動するかもしれないなぁと想像しているところである。(直翅目 イナゴ科 イナゴ属 イナゴ)

                                                      

 

 

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