カマドウマ

カマドウマは名古屋の東芝社宅にいた頃に、夜になると家の台所の土間にいたのをよく見かけたものだった。カマドウマで遊んだ記憶はないが、それでも自分の小さい頃の生活の中の記憶として鮮明に覚えている。カマドウマを見ると、台所や土間に立ってカマドウマを見ている自分の姿が映像のように思い出される。大人の自分が小さい頃の自分を眺めているという情景である。

 その当時の二軒長屋の社宅はその後取り壊されて、コンクリート製の三階建てのマンション風の社宅になった。私の家族は三階に住むようになって台所の土間はなくなり、カマドウマを見かけることもなくなった。

 何十年か経って勤めていた短大からアパートに帰ろうと玄関で、フロアーに昆虫が一匹いるのを見かけた。傍に行って見るとそれはカマドウマだった。濃い茶色でひげが体長よりもかなり長いカマドウマだった。その姿を見た時カマドウマがまだ生きているんだなという懐かしさを感じて、スマートフォンで写真を撮った。その後仙台市の道路を歩いていた時にも、偶然道路上にカマドウマが死んでいるのを見かけた。このカマドウマは短大で見たものとは違ってまだらで少し大きなカマドウマ(マダラカマドウマ)だった。

 カマドウマについては遊んだり詳しく観察したわけではないが、自分が小さい頃の記憶と繋がっているというだけのそんな体験でしかない。

 カマドウマは直翅(ちょくし)目といわれるバッタ目に属する昆虫で、バッタ、コオロギ、キリギリス、ケラ等の後ろ肢が大きく長い跳躍に適した体つきの昆虫たちの仲間である。他にはカマキリやゴキブリの仲間も入るという。カマドウマは薄暗い所を好むところから「便所コオロギ」と呼ばれて毛嫌いされているらしい。言葉通りに屋内では便所、台所、洗面所に、屋外では木の洞や落ち葉の下、岩場や墓石の中などで見られる。また雑食性で人間の食べるものは殆ど食べる。他に昆虫、哺乳類の死骸、落ち葉や果実、樹液、残飯や野菜くず等も食べる、生活力に富んだ食性を持っている昆虫である。餌がなくなると紙を食べたり共食いもするという、他の動物にも見られる行動も示す。

 こうした行動習性からゴキブリと同じようにどうしたら駆除できるかという方法についての質問がある。私にとってはゴキブリは駆除したら良いと思うが、カマドウマはそんな対象には思えない。基本的に夜行性で雑食性であること、ゴキブリと同様の茶色であることから毛嫌いされ駆除の対象にされてしまっているのかもしれない。

 ゴキブリの話が出てきたので、ゴキブリについても記しておこう。ゴキブリには色々な思い出がある。東芝社宅から蟹江に引っ越して、家族が寝てしまって私だけが遅くまで起きていた時、水を飲もうと台所の電気を点けると、その板の間に小さいゴキブリたちがパーッと広がりながら、隅の暗がりに逃げていくのを何度も見かけた。その数は多かったが逃げ足が速いことと言ったら、笑ってしまうしかない程だった。その当時私の家ではゴキブリをアブラムシと呼んでいた。その後アブラムシという小さな無性生殖する緑の昆虫が、植物の芽や蕾のところで樹液を吸うことを学んでから、ゴキブリと言うようになった。今でも覚えているのが、父がゴキブリの姿や翅から脂っこい感じがしたからか、このゴキブリの脂を何とか利用できないかといつも言っていたのを思い出す。本当のところ脂は取れないだろうが、姿からはできそうな感じがしたのも事実である。

 天童のアパートに住むようになって、夜になると台所にゴキブリが数匹いつも出てきていた。ごみを捨てる台所の三角ボックスには野菜の切れ端やゴミがあるからか、決まって出て来る。夜になってトイレに行って台所の電気の紐スイッチを引っ張ると、そこには必ず数匹のゴキブリがいて最初はじっとしている。最初はスリッパで叩いていたが上手く当たらないこともあった。そこで殺虫剤を撒くようにしたが、殺虫剤の臭いが充満するし目に霧状の殺虫剤が入るので余り良くないと考えた。そこで思いついたのは台所に置いてある中性洗剤を体にかけることだった。昆虫たちは体の気門から空気の出し入れをしているから、その入り口を塞げば良いと考えてじっとしているゴキブリの上から中性洗剤の原液をタラーッと垂らしたのである。うまく逃げられることもあったが、命中するとゴキブリは動かなくなる。それができない時は台所の引き出しに入れてあった砥石(といし)を持ち出して、バーンとぶつけて殺したりした。その時心の中で「一匹ゲット!」と叫んでいた。このゴキブリたちはどこから来たかというと外廊下のメダカを飼っている発泡スチロールの底に住んでいるらしく、冬でも寒さにもめげずに生き延びて、夜間になると私の部屋の台所に採餌するためにやって来るようだった。そう考えるとこれらのゴキブリは私が飼育していたようなものである。

 ところで、カマキリの項目でも述べたが、カマキリには腹の中に線虫(ハリガネムシ)がいるものがある。ずーっと昔から、なぜカマキリの腹にそんな線虫がいるのだろうかと不思議に思っていた。そうしたら、インターネットの「便所コオロギ カマドウマは害虫か?それとも益虫なのか?」にその答えになるものが載っていた。というのは、カマドウマにもハリガネムシが巣くうからである。そこでその部分を長くなるが引用してみよう。「ハリガネムシは、カマキリやバッタ、カマドウマ、ゴミムシ、コオロギに寄生する寄生虫としてよく知られていますが、元々は水生の生物で、水中で繁殖行動を行います。その全長は数センチから一メートルまで成長し、直径は一~三ミリ細長い寄生虫です。ハリガネムシの幼生は、カゲロウやユスリカ等の幼虫に取り込まれる事でそれらの水生昆虫に寄生し、宿主が羽化して陸上生活に入った後でカマドウマなどの陸生昆虫に捕食されると、今度はその捕食者を宿主として生活します。ハリガネムシに寄生された宿主は、その生殖機能を失いますので、体を食い荒らされるだけでなく子孫を残すことが出来なくなります。文字通り、ハリガネムシはカマドウマの天敵と言えるでしょう。更にハリガネムシは宿主の脳に特殊なタンパク質を注入し、水に飛び込ませようとコントロールするので、繁殖期になると自らの繁殖に適した水中に戻ってくることが出来るのです。渓流などにいるサケ科の魚、イワナ、ヤマメ、ニジマスなどですが、これらの川魚は、年間の総エネルギー量の六割くらいを、カマドウマを食べているというのです。~中略~ カマドウマは秋の三か月位の間に、自ら進んで次々と川へ飛び込んでサケ科の魚に食べられてしまうのです。ほとんど自殺に近い行動を取ってしまうのです。カマドウマは川で産卵するわけでも、水を飲むわけでもなく、水を求めてさまよいながら、川や池を探し求め、最後は水の中に飛び込んでしまうのです。実は、何者かがカマドウマの行動を勝手に操作して、それを実行しているのです。その何者かがハリガネムシなのです。」と述べられている。

 こうした生態系の食物連鎖の中で、カマドウマがハリガネムシの繁殖の循環に組み込まれているとしたら、カマドウマを気の毒に思ってしまう。私は川に魚取りに頻繁に出かけるがカマドウマが川に入っていく姿は見たことはない。知らない所でこんな循環が行われているのだろうか。またカマキリはカマドウマと同様に水中に飛びこむのだろうか、それも余り見たことはない。こうしたハリガネムシの繁殖の循環について、もう少し合点がいけば良いのだがという疑念を持ちつつも、ハリガネムシがカマドウマやカマキリの腹にいる理由が、少し分かってとても嬉しい感じがしているのである。(バッタ目 カマドウマ科 カマドウマ属 カモドウマ)

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