四月の二〇日前後の舞鶴山の人間将棋の時期に、天童でもソメイヨシノの花が咲くようになる。そのソメイヨシノが盛りを過ぎた頃に、倉津川の枝垂桜(しだれざくら)やサクランボの花が咲き始める。
私の住んでいるアパートの裏でもサクランボの木を植えているが、周辺の畑や丘陵にはサクランボ畑がある。この季節は果樹の花の真っ盛りでスモモ、ラフランス(洋ナシ)、リンゴ等の花が少しずつ時間をずらして咲いていく。いつも思うのだが山形県や天童に来て良かったと思うのは、この季節に出会うことができるからである。
サクランボの授粉用のマメコバチ
この大量の果樹の花を受粉させるには、非常に手間暇がかかるのは予想できる。サクランボやリンゴは自家不和合性なので自分の花の花粉では種を作ることができない。そこで長い旗竿の先の鳥の羽のような房(ラブタッチという)になったものに異なる種の花粉をつけて人工授粉を行う。調べてみたら「たかさご」、「紅秀峰」、「紅花錦」は交互受粉(異なる種の花粉を別の種類のめしべにつける)させるとあった。「佐藤錦」、「南陽」、「山形美人」等には、「ナポレオン」の花粉をつけていると農家の人が話していた。農家によって「紅さやか」の花粉もつけているようで、それぞれ工夫しているのだろう。めしべに異なる種の花粉がつくので異なる種が出来ることになり、サクランボがそれぞれ違った実つけるから味が異なるように思えるが、食べているサクランボの部分は種ではなくて子房の中果皮の部分を食べている。(因みにリンゴは花托の部分を食べている)種を蒔けばそれぞれ性質の違った芽が出てくることになるが、食べる部分は同じである。「佐藤錦」の味はその木だけの性質だから、「佐藤錦」を増やすには元は一本である木を接ぎ木や挿し木で増やしていかなければならない。
このように人工受粉の作業は大変だが、その作業をミツバチ等のハチに任せることが一般的である。最近ミツバチが大量死して受粉させることが出来ないとの話がある。通常はこうした西洋ミツバチはオーストラリアから輸入しているが、輸入先の国で細菌かウイルスによって数が減少し、日本で必要なだけの受粉作業ができないと聞いたことがある。こうした受粉に必要なハチたちには、西洋ミツバチ、日本ミツバチ、ジバチ、マメコバチがあり、その他にもハエの仲間もいる。
サクランボ畑のマメコバチのヨシ箱
春になってサクランボの写真を撮りに行くと、農家の軒先やサクランボ畑の真ん中に小さな屋根をつけた小屋が置いてあったり、サクランボの木の股にヨシを切って束ねて置いてあるものも見かける。始めは何だろうと気になっていたがこれはジバチの巣である。ヨシの茎を束ねて置いておくと、秋になってジバチの成虫がそこの中に卵を産み、それが春になって羽化して成虫になり受粉する。昔はヨシやススキなどを束ねて茅葺き屋根を葺いていたから、そうした屋根のヨシにジバチが卵を産み、それが孵って春先に受粉を助けていたと思われる。こうした循環が茅葺屋根がなくなって廃れてきたので、こうした小さな小屋を作ってヨシの茎を束ねてジバチが増えるように工夫しているのではないかと思う。
ジバチはもともとその環境にいるハチでありこうしたハチたちが受粉を助けていたと思われるが、果樹栽培のために農地を増やしていくとその元々のジバチや日本ミツバチの数では足りずに、西洋ミツバチを買って受粉させなければならなくなる。調べてみると西洋ミツバチとジバチでは受粉能力が違うらしく、寒さや風の強さによって活動範囲が制限される。例えば、風が強いとジバチなら活動範囲が五メートル前後なのに、西洋ミツバチは五〇~一〇〇メートル先まで飛んで行ける。受粉能力は圧倒的に西洋ミツバチの方が大きい。ジバチの親が秋に産卵したヨシの束の中で、春を越してジバチが出てくる確率もそれほど高くなさそうで、ダニ等の天敵によって羽化できないことも多いようなのだ。
二ホンミツバチ
果樹栽培面積を広げて山形のサクランボの生産量は増えてきたが、自然の持つ循環能力を超えて、西洋ミツバチ等を買って受粉させることが本当に良いことなのか疑問が残る。山形では秋になるとホームセンターでマメコバチが入ったある長さに切ったヨシの茎の束を売られている。一束三千円程である。先日もNHKの「ニッポンの里山」の放映で、宮城県石巻河口のヨシ原についてやっていた。昔は茅葺屋根の屋根に葺く材料として使っていたが、今ではヨシズやマメコバチの巣として使われると述べられていた。
分封した二ホンミツバチが幹にとまる
その頃にサクランボの花が満開になっている畑に行くと、真ん中にホームセンターで売っているヨシの束が小さい小屋の屋根の下に束ねて重ねられている。その周りを金網で囲ってあるのを見かける。そのヨシの束はサクランボの実が出来てその季節が終わると、その束がばらけて散乱している場合が多い。そう考えると農家の人たちは毎年マメコバチのヨシの束を買っていると予想される。そのマメゴバチはとても小さくて飛んでいる様子を見ると、とても遠距離まで飛べる能力はなさそうに見える。巣の周辺が活動範囲ではなかろうか。こう考えると上述のようなジバチがヨシの茎に産卵し春になって成虫になり受粉するという循環は、環境的にも数量的にも難しいのではないかと考えざるを得ない。サクランボ畑にあるヨシの束はジバチでなく、農家の人が毎年マメコバチが入ったヨシの束を買うことで準備されているようだ。
セイヨウミツバチ
またマメコバチの習性や能力が農家の人たちの要求に合致していることも予想できる。天童の丘陵地帯や畑では一斉にサクランボの花が咲き乱れるので、せっかく買ったマメコバチが他人の畑のサクランボの受粉をするようなら、買った甲斐はないだろう。きっとマメコバチの卵が入ったヨシが売れる理由には、活動範囲の少なさも関係しているのではなかろうか。
サクランボの花の写真を撮っていたら、サクランボの木の股にヨシの束が結んであった場所があった。その下に菜の花が群生して咲いていた。サクランボは周りをパイプで囲い雨が降って実が裂けないようにネットを張るが、その畑一面に菜の花が咲いていた。単なる菜の花を咲かせているようには見えなかった。菜の花の匂いに誘われて、ミツバチを引き寄せるために意図的に植えているのではなかろうか。菜の花に誘われてきたハチたちが、ついでにサクランボの花の受粉を助けることを意図しているのではないかと思った。
蜜を集めるために置かれたミツバチの巣箱
毎年同じ場所ではないのだが、あちこちのビニールハウスで早めにサクランボを作る農家がある。三月から五月頃までの間だが灯油を使って暖房して早めに作る。サクランボの「はしり」にすると値段が高いからである。テレビのニュースでハウス栽培のサクランボを食べているのを見ることがある。私は四月二〇日にある会議に出てハウス栽培のサクランボ(七粒)食べたことがある。提供してくれた人が一粒七〇〇円だと話していた。味は六月に食べる露地物と変わらなかった記憶がある。
こうしたハウス栽培のサクランボの受粉はどうしているのだろう。露地栽培の開花時期の場合には、長い竹竿の先に鳥の羽根をつけたラブタッチを使って他種の花粉をつけて人工受粉しているのを見かける。またマメコバチやミツバチを利用して受粉している。ハウス栽培の時はどうしているのか疑問に思っている。前年度の花粉を取っておいて人工授粉するものか、他種のサクランボも同時にハウスの中で咲かせながら、人工授粉かマメコバチによる受粉をしているのだろうか。その時期にマメコバチが成虫になる保証はないし、ハウス内の温度は高くない筈だから、きっとマメコバチによる受粉方法では効率が悪いのではないかと心配してしまう。その問題をいつか調べてみようと考えている。(ハチ目 ミツバチ上科 ハキリバチ科 ツツハナバチ属 マメコバチ)
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