東芝社宅の二軒長屋のそれぞれの家の前には、各家庭ごとに庭があり植物を植えていた。その当時父がその庭に色々な植物を植えていた。夏になるとアサガオやヘチマ、時にはヒョウタンも作っていた。庭の縁(ふち)にはホオズキやオシロイバナも植えていた。庭の前は社宅の広場に通じる道路があり、庭と道路の間は雨が降ると流れる土の側溝があった。
今でも忘れられないのは父が植えた花に金魚のような色をした植物があった。それを何だと聞いたらキンギョソウだと答え、私はずーっとそれをキンギョソウだと信じていた。キンギョソウとインターネットで打ち込むと違った花が出てくる。よく調べてみたらヒオウギスイセンではないかと思う。父が教えてくれた名前は違っていたが、その花の色が金魚の色そっくりだったので、そう教えてくれたのだろう。
オオスカシバ
夕方になると黄緑のスズメガが飛んできて、夕方に咲きだすオシロイバナの蜜を吸いに来ていた。花に止まって吸う他のハチやチョウと違って、羽を頻繁に羽ばたいてホバリングしている。その間に長い口吻を伸ばして蜜を吸う。羽ばたきが早いので私はその翅がクマゼミやツクツクホウシの翅のように透明だと思っていた。当時は庭先の縁側の暑さを避けるために、竹竿を組んでアサガオを育てて日除け代わりにしていた。そのアサガオの脇に赤と白のオシロイバナが植えられていた。そこにスズメガが飛んできて蜜を吸っていくのである。その情景は子ども時代の風景として今でも脳裏に焼き付いている。
調べてみるとこのスズメガはオオスカシバという名前で、翅はやっぱり透明だと載っていた。余り早く羽ばたくので透明だか何だか分からなかったのである。
秋口になって三重県長島にある「なばなの里」に出かけた。私は園芸植物は余り好きでなく、家の狭い庭で育てているのは雑草や野草それに野菜類が殆どである。近所の人に無料入場券を貰ったから出かけた。冬のイルミネーションの時期にはテレビコマーシャルが放映されているものの、行ったときは平日で人も少なく周りに咲いている園芸植物も種類が多いとは言えなかった。やっぱり無料入場券だなと思ったものである。秋口だからか多くのイチモンジセセリが花の蜜を吸いに来ているのを見かけた。
芭蕉庵というそば屋で北海道産のソバを挽いた天ザルソバを食べてから、園内を歩いていると名前は分からないオシロイバナのような筒状になった花の蜜を吸っているスズメガを見つけた。緑っぽいスズメガではなくホシホウジャクという赤茶色のスズメガだった。その筒状の花の蜜を吸うのに長い口吻が印象的で、移動してはホバリングしながらそこかしこで蜜を吸っていた。その瞬間を撮ろうとカメラを構えたが、動きが早く羽ばたいているので、全く綺麗に撮れなかった。何度も連写にしてシャッターを切ったが上手くいかなかった。このホシホウジャクの翅は、透明でなく色付きだった。
ホシホウジャク
ホシホウジャクはオオスカシバ同様にホバリングでき、それで体長より長い口吻をさし出して花の蜜を吸うことができる。だからオシロイバナのような筒状の花の蜜を吸うことが可能である。一種の共生の形だろうか。スズメガには多くの種類があり、幼虫の時の食性はそれぞれ違っている。オオスカシバはクチナシだが、ホシホウジャクはヘクソカズラ、アカネ等である。他のスズメガも随分と幼虫の食性はバラエティがあり驚いてしまった。
ホバリングといえばハチドリを思い出す。テレビでは見たことがあったが何十年か前に学生を連れて、アメリカの西海岸に研修旅行に行ったことがある。その研修期間中に、主催者の両親である老夫婦のサンフランシスコのモビールハウスに二日間泊まった。その家にも向かいの家の庭にも、ハチドリが蜜を吸いに来るための餌台が下がっていた。そこに小さいハチドリが来て蜜を吸っていた。私はその時老夫婦に頼まれて、日本人は器用の筈だから車のハンドルの周りに革製のカバーを巻いてくれないかと頼まれた。私は不器用でなかなか上手く巻くことができなかった。何十分もかけて巻きながらそのハチドリが吸蜜に来る様子を見ていたものである。何故アメリカまで来て車のハンドルカバー巻きなんかしているんだろうという気持ちだった。だからハチドリの印象もその場のハンドルカバー巻きと対連合して強く記憶に残っている。
モモブトスカシバ
こんなハチドリ風のスズメガが長い口吻で吸密しているのを見ると、環境への適応の凄さと遺伝的に受け継がれている不思議さを感じない訳にはいかない。(アマツバメ目 ハチドリ科の総称)
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