サナエトンボ

天童の原崎沼の遊歩道には「網張の里」という草叢がある。六月初旬にその草叢に分け入って、その真ん中にある小さな池まで行こうとした時に、草の葉にイトトンボよりは断然大きいが少し緑かかった腹が細長いトンボが止まっているのを見かけた。シオカラトンボ、チョウトンボやオニヤンマが飛ぶには早すぎる時期だった。

コサナエのオスとメス

 そこで写真を撮ったがその当時は携帯用のデジタルカメラだったので、撮った写真はぼやけてしまった。その後も同じ「網張の里」で何回かそのトンボを見かけ写真を撮った。時期的に早いことと写真を見ると複眼が離れていることから、そのトンボはサナエトンボの仲間でないかと考えた。

 サナエという言葉に興味を持ったので広辞苑で見てみたら、「(サは神稲の意)苗代から田へ移し植える頃の稲の若苗。」とある。またサナエトンボは「トンボ目サナエトンボ科の昆虫の総称。四月頃から出現する種類が多いのが名の由来。黒い体に黄緑色の斑紋をもち、外見がヤンマに似る。一般に小形だがウチワヤンマやコオニヤンマなどの大形種もある。山地の渓流など流水で育つものが多い。」とある。

このサナエの言葉同様に思い出すのは、早乙女(さおとめ)である。ブリタニカ国際大百科事典には「稲の苗を水田に植えつける女性をいう。古くは中世の和歌にみえているが、植女(うえめ)とも呼んだ。日本の古くからの稲作は、稲の生育を保証する田の神信仰と密接な関係があった。特に田植えには特定の水田に祭場を設けて田の神を迎え、その前で作業を行うことから、一種の神聖な祭儀であったといえる。田植えには女性が重要な役割をもつことが多いのは、稲の豊作が女性の霊的な力によってもたらされるという観念があったためである。各地の神社などの田植神事、田遊び神事などからも、女性の生殖力が稲に霊的な影響を与えるという観念要素を引出すことができる。現在では田植えに働く女性一般を早乙女と呼ぶが、古くは特定の女性に限定されていたことが推測される。」と記されている。

早乙女と稲作の密接な関係は、女性の生殖能力を介して稲の多産を期待しようとする類推(アナロジー)だろう。私の中では絣(かすり)の着物で赤いタスキをかけた若い娘が、脚絆をつけて田植えをしているイメージがある。上述の記述にはこうした意味合いは記されておらず、若い娘とは限らないようである。私の作られたイメージと記述間には、神事と日常的な田植えのギャップが存在しているように見える。

  コサナエの卵塊の打空放卵

私が見かけたサナエトンボはコサナエではないかと思う。また原崎沼でコサナエとは違ったサナエトンボを見かけた。そのサナエトンボはヒメクロサナエではないかと思うが、サナエトンボの仲間には色々な種類があって皆似ているので、サナエトンボの種類の違いが分からない。そうだと思うが自信がない。

 広辞苑に記されているウチワヤンマとコオニヤンマについては同定できる。そこで両者は別の項目で述べてある。サナエトンボ目の仲間はウチワヤンマ以外では蟹江周辺では全く見ていないし、小さい時に見かけた記憶もない。いたけれど気がつかなかっただけかも知れないが。

 サナエトンボの仲間を区別するのに、頭と胸の翅が出ている間(翅胸前面)の模様が、コサナエとダビドサナエでは違うという。コサナエトンボは前後に細長い黄条は逆「L」字型なのに、ダビドサナエは前後に細長い黄条は逆「八」の字型で、尾部付属器は黒いという。それこそ微妙な違いである。この特徴はオスとメスに共通するものである。撮った写真をじっくり見てみたら、撮ったものの殆どはコサナエで、その中にダビドサナエが混じっていた。よくこんな細かい特徴の違いを知っているものだと感心してしまった。特にコサナエの場合にはオスの腹が細いのにメスの方は太いので、ちょっと見ると別種ではないかと思ってしまう。しかし「翅胸前面」の模様が同じなので、その特徴が分かると同定しやすい。そんなことから同定できずにもやもやしていたものが晴れてすっきりした。

 コサナエの多くを写真に撮ったので、コサナエについて「日本のトンボ」(尾園暁 川島逸郎 二橋亮 文一総合出版)を見ると、「図による分布には東日本と北海道になっている。生育環境は、平地~丘陵地の周囲に樹林のある池沼や湿地。生活史は卵期間二~三週間程度、幼虫期間二~三年程度(二~三年一世代)。幼虫で越冬する。形態は小型のサナエトンボ。翅胸前面の黄条は逆「L」の字型で、胸部側面の黒条は一本。黄色の前肩条がある個体が多いが、消失した個体も見られる。成熟オスは水辺の地面や植物などに静止して縄張りを占有し、時おり周囲を巡回飛翔してメスを探すこともある。同種のオスが接近すると激しく追い払う。交尾はメスを見つけたオスはただちに連結し、交尾態となって周囲の植物に止まる。産卵はメス単独で、水際の草地上をホバリングしながら卵塊をつくり、時々打空して放卵する行動を繰り返す。」と示されている。

 コサナエの行動の習性は、他のシオカラトンボ、チョウトンボやショウジョウトンボなどとそれ程の違いがないことが分かる。ただコサナエが止まる場合には枝の先というよりは葉っぱの上という点では、これらのトンボとは違っている。なぜ止まらないのか不思議なトンボだなあと思ってしまった。(コサナエ トンボ目 サナエトンボ科 コサナエ属 コサナエ)

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