ギンヤンマ その2

動物編

七月末に蟹江周辺にもギンヤンマがいるのではないかと歩き回ってみた。私にとっては懐かしく少年時代のトンボ捕りの大事な対象だったからである。六月の中旬に町役場付近で、田んぼにハナショウブが咲いている場所でハラビロトンボのオスを見かけた。ハナショウブの蕾の天辺に止まっていた。今でもハラビロトンボがいるんだなと思った。

そんなこともあってギンヤンマもいるかも知れないと団地の中を流れる用水路を、カメラを持って歩いてみた。用水路の脇に植えてある樹齢数十年にもなる桜並木には、アブラゼミやクマゼミが鳴き出していて、その写真を撮るのも目的の一つだった。

天童付近ではアブラゼミの他にミンミンゼミが一般的だが、この辺りでは一番大きなセミと言われるクマゼミが見られる。その「シャー、シャー、シャー」と鳴く鳴声には夏のべったりとした蒸し暑さが感じられて、聞いているだけで息苦しくなる。それにしても小さい頃に較べてクマゼミの数は多くなったような気がする。

セミの写真を撮ってから用水路に沿った小道を西の方に歩いて行ったら、川の水面上をギンヤンマのオスが橋から橋の間を行ったり来たりしながら飛翔していた。こんな汚い川にギンヤンマがいるのだと思いながら、飛翔中のギンヤンマの写真を撮った。撮った全ての写真はぼやけてしまった。ギンヤンマの飛翔に合わせて追いかけて場所を行ったり来たりしながらギンヤンマの写真を撮っていたら、その川の縁(へり)付近をギンヤンマのオスとメスが連結して飛んで来た。連結したギンヤンマを見たのは何十年振りかのことだった。その連結したトンボは、対岸にある公園隣の駐車場の金属製のフェンスの網目の一つに止まった。私は夢中になってシャッターを切った。

 連結産卵するギンヤンマ

その後あま市秋竹にある藤島神社に、アオスジアゲハの写真を撮りに行った。名古屋周辺にはクスノキが沢山生えている。当然ながら神社の境内には必ずクスノキがある。東海地方は言うまでも照葉樹林帯に属するので常緑樹が多く、富沢緑地でも公園の縁は薄暗い感じがする。その点で天童のような冷温落葉樹林帯の雰囲気とは違っている。

アオスジアゲハはクスノキに産卵し幼虫はクスノキの葉を食べながら成虫になることを知っていたので、そこに行けばアオスジアゲハに出会えると考えていた。確かにアオスジアゲハは見かけたが飛んでいる所が高くしかも動きが早くて、私のカメラ技術では殆ど良い写真は撮れなかった。時間つぶしに鳥居を過ぎて南に下がっていくと道の脇に小さな沼があった。貯水池のようだが深くはない。水面上ではシオカラトンボ、ショウジョウトンボとギンヤンマが飛び交っていた。シオカラトンボとショウジョウトンボは飛んでは木や茎の先に止まったりを繰り返している。また水面上をギンヤンマのオスが行ったり来たりしながら飛翔していた。その飛んでいる姿を写真に捉えようとしたが、やはり動きが早くて簡単には撮れなかった。何とか粘っていると連結したオスとメスのギンヤンマが飛んできて、沼に生えている植物の茎に止まった。近づいて写真を撮ろうとしたら、少し飛んで水中に浮かんでいる腐りかけた丸木の上に止まった。メスは水中に尻尾を入れて産卵し始めた。多分丸木の木肌に卵を埋め込んでいるのだろう。驚いたことに別にもう一組のペアが飛んできて産卵し始めた。初めは別々の場所で産卵していたが、少し経つと新たなペアが丸太近くの植物の茎に移動して産卵を始めた。私は夢中になって二組のペアを一画面に入れられないかと思ってシャッターを切った。

翌年の夏になって、同じ場所でギンヤンマが見られるだろうと期待して行ってみた。団地の中を流れる用水路にはギンヤンマらしいトンボは飛んでおらず、少しがっかりしてしまった。そこであま市の藤島神社脇にある小さな沼に行けば必ずいるだろうと考えて行ってみたが、何とその沼は埋め立てられていた。その一角を分譲住宅にするために造成中だった。ギンヤンマだけでなくショウジョウトンボもその沼で産卵し成虫になることを繰り返していたに違いない。それが人間の都合で埋め立てられてしまったのである。その後ショウジョウトンボは蟹江周辺のどこでも見かけていない。そんなことがあってギンヤンマが飛んで来る場所がなくなり、ギンヤンマを見ることは無理だろうと考えるようになった。

その年は関西線永和駅の北側の田んぼにある用水路にナマズ、モツゴ、フナ、タイリクバラタナゴ、ドジョウ等を毎日捕りに出かけていた。四手網でそれらを捕っていると、東西に流れている用水路の上をギンヤンマのオスが飛んでいた。その時にはカメラを持っておらず、こんな場所にギンヤンマがいるのかと思いながら魚を捕った。また用水路に流れ込む南北に流れるより狭い用水路でドジョウを捕っていたら、その狭い用水路の水面上でも、ギンヤンマのオスが飛翔しながら行ったり来たりしている。ドジョウを捕っていると連結したオスとメスのギンヤンマが飛んで来て、用水路に生えている植物に止まって産卵し始めた。その連結したギンヤンマはその場所で産卵すると、すぐ飛び立って近くの植物の茎に移動してまた産卵し始めた。そうしながら移動を繰り返しながら産卵し続けていた。子孫を残す作業は一か所で集中的に産卵させるよりも、場所を変えて産卵する方が子孫を残す可能性が高まるだろうなとそんなギンヤンマの戦略に納得してしまった。

  連結メスを奪おうとする縄張りオス

それがきっかけとなってその場所にギンヤンマの写真を撮るために出かけるようになった。その南北に流れるこんな狭い用水路にギンヤンマがいるなんてと思いながら、飛翔中の写真を撮ったが良い写真は相変わらず撮れなかった。その用水路の南側の永和駅近くに割りと大きい沼がある。その沼は冬でも枯れないままの沼である。その沼の水が脇の田んぼまで浸水して田んぼの水の供給源になっている。浸水している田んぼの中に四〇~五〇センチのコイが泳いでいるのを見かけたこともある。

その沼は深い所にはカメが住み、浅い所にはカダヤシ、フナやタイリクバラタナゴがいる。その浅瀬に東北では殆ど見かけなかったヤナギタテが生えていて、イトトンボやシオカラトンボが止まったりしている。そこにショウジョウトンボはやはりいなかった。そこの水面上をギンヤンマのオスが飛翔していた。するとどこからかオスとメスが連結したギンヤンマが飛んできて、そのヤナギタテに止まって産卵した。そこに巡回飛翔しているオスのギンヤンマが近くまで来た。連結したギンヤンマを無理に追い立てたりメスを奪うのではないかと観察していると、近くまで来たもののその後離れていって、またいつものように巡回飛翔していた。連結したギンヤンマは単独のオスがいても関係なく、その沼で産卵していた。メスに関しては連結しているオスに優先順位があるのだろう。

その場所に何度か通ううちに面白いペアを見かけた。普通のギンヤンマはオスの体色は腹の一部が空色で尻尾は黒っぽい。メスの腹の一部は白くて尻尾は焦げ茶色で羽にも茶色が入っている。繋がっていてもどれがオスとメスだか遠くからでも見分けることができる。ところがそのペアは連結しているメスの腹も空色なのである。ちょっと目にはオスとオスが繋がっているように見えた。こんなペアは始めて見たので驚いた。

  ギンヤンマの交尾態

もしかするとギンヤンマとは違った種類のヤンマではないかと一瞬思った。クロスジギンヤンマかオオギンヤンマ(この地域にはいない)ではないかと思ったのである。

家に帰ってパソコンに取り込んでみたら、ギンヤンマのオスのようだが尻尾の色がやや焦げ茶色のようにも見えた。外見上はオスだが実際はメスなのかも知れない。人間でもイッコウやマツコのような男性が女装しているのと同じで、実態はメスだが外見上はオスの形態である可能性がある。連結しているオスはそれを的確に判断して連結したのだろう。写真を見ると繋がったオスのようなメスは、確かに産卵行動をとっているように見えた。そんな変わった写真をこの沼で撮ることができた。

岐阜県海津市の長良川の水門脇の沼に八月に行ってみたら、冬期に見かけるカモたちはいなかったが、そこにギンヤンマが何匹か飛翔していた。藻が水面上を覆っている場所に何組かのギンヤンマのペアが産卵していた。蟹江周辺に較べると海津市は農村地帯で自然がまだ保たれているのだろう。そのギンヤンマの写真を撮ったものの飛翔している姿はやっぱり上手く撮れなかった。

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