サクラ

植物編

東北は桜の種類の多さの点で、育った名古屋とは雲泥の差である。名古屋では桜といえばソメイヨシノ位で、私は他の桜についての知識は全くなかった。

ソメイヨシノ

高校の入学当時、生物担当が村井先生(クラス担任)で、桜の葉や花の仕組みを実際の桜を持ってきて見せながら説明してくれた。その時も確かソメイヨシノだった。ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの交配で生まれた桜で、人為的に生まれたのか、偶然なのかは分かっていない。私の頭の中に真っ先に浮かんでくるのはこのソメイヨシノであった。

 仙台の下宿屋の近くに榴ヶ岡公園があり、桜が沢山植えられていて桜の名所になっていた。多くあったのは枝垂桜(しだれざくら)である。花は小さく枝が枝垂れになっているので、木全体が下に花が沢山ついている。華やかさではソメイヨシノより劣るが、初めて見たときは綺麗だとか素敵だとか言うよりは、これがサクラかという反発を感じたことを思い出す。

 ヤマザクラ

 この榴ヶ岡公園は桜の季節になると、家族連れや屋台が出たりして華やかになる。私は夕方の食事の前後にぶらぶらとその辺りを散歩したりしたものである。どうも東北では枝垂桜が多いような感じがするが、テレビを視ていたら京都でも枝垂桜のニュースを見たことがあるから、東北に限ってはいないようである。福島の三春の滝桜も紅枝垂れ桜(べにしだれざくら 樹齢千年と言われている)だし、角館の武家屋敷を彩る桜の8割以上が枝垂れ桜と言われている。だんだんと私の心の中に、東北の風景と枝垂桜が馴染むようになっている。

 カワヅザクラ

 春になると天童のアパート傍の東久野本公園でも、ソメイヨシノが満開になる。私はゴミの集積場に出してから、帰りに公園のソメイヨシノの枝をじっくり観察している。桜の満開の華やかさと元である蕾がどうなっているか観察すると、普通の植物の多くが蕾一つに花一輪なのに、桜の花は蕾一つにほとんどのものは三つの花が出る。更に調べると五つ出るものもあって、これが全部咲いて満開になったら、それはそれは豪勢だろうなと推測できる。

 満開になるとメジロたちが花の蜜を吸いにくる。これまでアパート周辺ではモズ、スズメ、カワラヒワ、ヒヨドリ、カラス、キジバト、オナガ、ムクドリ、ジョウビタキなどを見ていたが、メジロは見たことはなかった。しかし2年続けてこのソメイヨシノが満開の時に蜜を吸いにくるのを見かけた。どこから来たのか、どこに住んでいるのか未だに分からないが、ソメイヨシノが満開になるとやってくる。私は早速カメラを取り出して写真を撮った。

 ソメイヨシノの満開でもう一つの発見したのは、満開の木のあたりに行くと、鈍いブーンという大きい音が聞こえてくることである。最初何だか分からなかったが、よく観察していると、たくさんのミツバチたちが蜜を吸いにくる羽音であった。かなり多くのミツバチが蜜を吸いに来ているのだと思われるが、今ではこの音も私にとってはソメイヨシノの満開を象徴する音となっている。

 私の好きな桜といえば、やはり山桜である。ソメイヨシノは花が咲いてから葉が出るが、山桜は花と一緒に茶色の葉が出る。ソメイヨシノが花を咲かせるのに使うエネルギー(栄養)は前年に木に蓄えたものである。葉を出して栄養を作りながら花を咲かせたら良かろうに、なぜソメイヨシノはこんな危険な咲かせ方をするのだろうと疑問に思う。山桜はこうした意味で合理的な咲き方をし、しかも花が実に可憐である。山々の中に一本だけ山桜の木があり、そこで存在を示しているのを見ると、可憐で楚々としている日本美人のように感じてしまう。その点で私好みの花である。

 数年前の春、仙台からいわきに向かう山沿いの県道(35号線)脇で、ソメイヨシノや山桜の花の色とは違った桜の木を二本見つけた。そこに車を止めて写真を撮っていたら、道路の反対側から中年の女性がやってきて「何をしてるのか」と尋ねられた。そこで、変わった桜なので写真を撮っているのだと言うと、「ウコンザクラ」だと話してくれた。その一本はやや黄色がかった桜で、もう一本は緑がかった桜であった。どちらも同じ種類なのか私には分からなかったが、その女性はその木の枝を切って私にくれたのである。

 ウコンザクラかな

 植物の花は、葉が子孫を残すための生殖器として変形したものだから、目立つ色で昆虫などを呼び寄せる必要がなければ、緑の葉緑体を持ったままでも良いだろう。同じような機能を持つピンクや白っぽい桜もあるのに、何故こんな色なんだろうと不思議に思った。そこで後から調べてみたら、どうも黄色い方が「ウコンザクラ」で、緑の方が「ギョイコウ」ではないかと思う。どちらも花が緑っぽい(葉緑体を含んでいる)から先祖返りしていると考えられる。

 調べてみたら、ギョイコウは江戸時代に京都の仁和寺で栽培されたのが始まりと言われており、観賞用の栽培種らしいのである。またウコンザクラ(黄色っぽい)とギョイコウ(緑っぽい)の花の色の違いは、案の定、葉緑体の量の違いによるものであった。

 ギョイコウかな

 私なりに桜を観察していると、ソメイヨシノの次がサクランボの花、その次が枝垂れ桜、最後が八重桜の順に咲くように感じている。ギョイコウは八重桜と同じ頃に咲くのではないかと思っている。

天童の舞鶴山の麓に桜の植樹してある小さい公園があり、オオヤマザクラ、八重桜、ソメイヨシノなどの何種類かの名前と共に寄進した個人や法人名が書いてある。八重桜と書いてある桜の一本に、どう考えても「ギョイコウ」としか思えない桜の木があった。その桜の名前が「ヤエザクラ」と書かれており、咲いていたのが他のヤエザクラと同じ時期だったのである。このことからギョイコウは、八重桜と同じ時期ではないかと考えた。植樹した時には恐らく苗木だろうから、その時に間違えてギョイコウを植えてしまったのだと思われるが、八重桜とギョイコウとどちらの値段が高いかと予想すると、植えた植栽業者が損をしたのではないかと、ミーハーの私は考えている。

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