山形県では春が来る前にケイオウザクラが売りに出される。この桜は余り大きな桜でなくエドヒガン桜のような小さい感じだが、桜を目にする季節が早いのである。3月の雛祭りの時には、ホテルで大きな花瓶に活けてあるのを度々見かける。
また仙台へ抜ける国道48号線を車で走っていると、その両側に細い木が株になって沢山生えている畑がある。最初は何を植えてあるのかと疑問に思っていたが、その株のうち、切られて切り株になっているものもある。これがケイオウザクラである。
ケイオウザクラの木々
このケイヨウザクラは春まだ早い時期に木を切り取って、それをバケツに入れて暖かい温度で開花を早める操作をしているらしい。この方法はタラの芽を育てるのと同じである。このケイオウザクラを知るようになって、3月のテレビのサンデーモーニングやテレビ番組などの背景に活けてある花の中にケイオウザクラに注意を向けるようになった。
この地域の人の話を総合すると、このケイオウザクラを作るようになって出稼ぎしなくても良くなったという話を聞く。東北では青森県、秋田県ではまだ出稼ぎで首都圏など都会に出る季節労働者がいるようだ。不景気が恒常的に続いていて、こうした人たちにとって地方の生活は大変だろうと想像してしまう。山形県では出稼ぎをしなくてもよくなった原因の一つに、ケイオウザクラの栽培と出荷があるという。
ケイオウザクラについて調べると、この品種が作られたのは昭和5年九州の久留米市の人が中国系のミザクラを台木にし、ヒガンザクラの枝変わりとして誕生させた。その人の名前の一字をとってケイオウザクラ(啓翁桜)と名づけた。この桜の特徴は、枝の伸びが良く枝を切っても弱らずに強いことである。私の観察でも枝は細いが枝が株状になっている印象がある。
ケイオウザクラの花
山形県内では、置賜(おきたま)地区の置賜、白鷹、川西や高畠などで主に栽培されていて、天童周辺は主生産地からは外れているようだ。12月頃から1メートル位に切った枝を束ねてバケツに入れ、室温を加減しながら出荷時期を決めている。寒さに当ててから、温室の温度は日中20度、夜間は10度位にする。1月か2月だと20日間位で、3月だと2週間位で出荷できるという。ケイオウザクラに寒い時期と暖かさを体感させないと花を咲かそうとしない。一種のだましをする訳であり、桜の植物生理を考えた対応と言えるかも知れない。
山形新聞(2013.2.4版)を見ていたら、こんな記事が載っていた。「冬を彩る桜として、年末に出荷が始まる『啓翁桜』の促成栽培作業が本格化し、天童市道満のハウスで3日、冬眠から目覚めさせるため、枝をお湯につける作業が急ピッチで進められていた。啓翁桜は気温8度以下の畑で一定期間冬眠させ、切り出した枝を加温ハウスで管理し、開花を促す。~中略~ 鈴木孝市会長(68)は『切り出した枝を40度前後のお湯に1時間浸すことで冬眠から目覚める』と説明。この日は、お湯をはった水槽五つを使い、次々と枝を浸した。取り出した枝からは風呂上がりのような湯気が立ち上り、汗ばみながら作業に当たった。ハウスに移し、おおむね20日を経過すると花が咲き、出荷できるという。」
数年前に勤務先の短大の隣の附属幼稚園の園長が、春の入園式に、ソメイヨシノの花を咲かせようと、室内で温度調節をしたとの話である。その結果、入園式にソメイヨシノの花が咲いた木を花瓶に挿して行ったという話を聞いた。これもケイコウザクラと同じことで寒さを経験させてから、暖かい室内に置いていた結果であろう。
ケイオウザクラの木々と花を活ける
私は名古屋で育ったが、入学式は桜の咲き始めか、桜が咲いている時期だったと記憶している。山形ではソメイヨシノが咲き始めるのは4月下旬である。舞鶴山の人間将棋を行う第4土曜日と日曜日などに、桜が咲き始めか満開かで市民は気を揉んでいるのだ。一つの植物が大きく地域の人たちの生活をも左右する場合があることをケイオウザクラの例は示している。
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