カイツブリといえば名古屋城のお濠にいたカイツブリを思い出す。それも今から何十年も前のことである。私が通っていた名古屋市立浄心中学校は、名古屋城の西北までが学区で、小中学校の頃、その西北の隅櫓(すみやぐら)があるお濠まで自転車で出かけて、釣りをしたものである。その当時はお濠の釣りが禁止されていて、それでも大人や子どもが釣りをしていた。練り餌でフナを釣っていたように思う。
カイツブリ
城の監視員が来るとそそくさと竿を片付けて濠から離れるように移動する。監視員がいなくなるとまた来て釣り始める。まさにいたちごっこの様相だった。
その当時は濠の水面にはヒシが生えており、ヨシやマコモもあったのではなかろうか。濠の真ん中の水面にカイツブリが巣を造って子育てをしていた。私の印象だと黒い鳥という感じだったが、間違っていたかもしれない。
その濠に今もカイツブリがいるのではないかとカメラを持って撮りに行った。水面にヒシはなくなっていて他の植物らしいものも全くなかった。当然のことにカイツブリらしい鳥もいなかった。その代わりにユリカモメと思われる白いカモメが数羽水面を泳いでいた。海辺で見かけるカモメの灰色の羽ではなく、羽を含めて全体が白っぽかった。
蟹江に戻って冬の時期はカモの写真を撮りに出かけている。善太川の善太大橋の南には、色々な鳥たちが来ている。カワウ、カルガモ、シラサギ、ミコアイサ、オオバン等である。この辺りには一年中カルガモ、カワウやシラサギが住んでいる。冬が到来すると北からマガモ、コガモ、ミコアイサやカンムリカイツブリが加わる。北の新大井橋付近ではカルガモ、マガモ、コガモやオオバンが冬を越している。こちらは土手になっていて川辺に上がれる岩や石がある。土手までは草叢で犬に襲われる可能性が少ないからか、冬の期間中その一帯で生活している。
オオバン
善太川は川幅が狭いのでカモの写真を撮りやすい。またカモの種類も多いので私にとっては最適なロケーションとなっている。殆ど毎日午後一時半過ぎに写真を撮りに行く。一種の定点観測と言っても良い。いつも同じように撮りに行ってもそれなりの変化がある。例えばカワセミが飛んでいくとか、ケリの群れが飛び立つとか、タカが飛んでいくのに出会えたりする。風がなく天気が良い日には川辺の石や岩でカルガモが日向ぼっこをしている。その中にマガモやコガモも混じっている。マガモやコガモはカルガモがそこに定住しているから、安心しているのではないかと思う。
マガモ
善太大橋の南側で小さめの水鳥が潜水しているのを見かけた。それも潜水して三十秒以上見えなくなる。多分カイツブリではないかと思ってカメラを構えていたが、浮き上がってくる場所が潜った所から離れていて、またすぐ潜ってしまうことを繰り返す。そのために全く撮れないか、撮れてもぼやけてしまう写真が多い。
夕方になって写真を撮りに行ったら、何羽かのコガモかマガモのメスではないかと思う鳥が対岸近くを泳いでいた。目が悪いのでコガモだと思ってシャッターを切った。家に帰ってパソコンに取り込んでみたらそれはカイツブリだった。昼間は採餌のために潜っている場合が多いが、夕方は潜るのを止めて泳いでいる場合もあるようなのだ。拡大して見ると、眼が何となく水中眼鏡のレンズのようである。眼を保護している仕組みを持っているのではないかと勝手に想像している。
木曽三川公園の長良川にカモの写真を撮りに出かけたら、オオバンの群れの中に小さな鳥が水中に潜っているのを見かけた。大きさや潜っている様子からカイツブリではないかと思う。
善太川では、カイツブリを見かけてもせいぜい一羽か二羽だった。日光川のウオーターパークにある沼の日光川に通じる水門近くで、三~四羽の群れになっているカイツブリを見かけた。これまで群れになっているカイツブリは殆ど見かけていなかったので、嬉しくなって写真を撮った。
子育てするカイツブリ
仙台五橋の人間開発研究センターの山小屋塾(勉強ができないと自分で思っている児童を対象)で、高橋金三郎さんが行った授業で新実南吉の「一年生とひよめ」があった。私は何十年も前の、この授業のタイトルに出てきたひよめがカイツブリではないかとずーっと思っていた。インターネットで、「カイツブリ、ひよめ」と打ち込んでみたが、「該当するものはない」とのことだった。
そこで、「新実南吉の童話」と「ひよめ」と打ち込んでみたら、「一年生とひよめ」が出てきた。どんな童話か長くなるが引用してみよう。「学校へいくとちゅうに、大きな池がありました。一年生たちが、朝そこを通りかかりました。池の中にはひよめが五六っぱ、黒くうかんでおりました。それをみると一年生たちは、いつものように声をそろえて、ひイよめ、ひよめ、だんごやアるにくウぐウれッ(くぐれ)、とうたいました。するとひよめは頭からぷくりと水のなかにもぐりました。だんごがもらえるのをよろこんでいるようにみえました。けれど一年生たちは、ひよめにだんごをやりませんでした。学校へゆくのにだんごなどもっているこはありません。一年生たちは、それから学校にきました。学校では先生が教えました。『みなさん、うそをついてはなりません。うそをつくのはたいへんわるいことです。むかしの人は、うそをつくと死んでから赤鬼に、舌べろを釘ぬきでひっこぬかれるといったものです。うそをついてはなりません。さあ、わかった人は手をあげて。』みんなが手をあげました。みんなよくわかったからであります。さて学校がおわると、一年生たちはまた池のふちを通りかかったのでありました。ひよめはやはりおりました。一年生たちのかえりを待っていたかのように、水の上からこちらをみていました。ひイよめ ひよめ、と一年生たちは、いつものくせでうたいはじめました。しかし、そのあとをつづけてうたうものはありませんでした。『だんごやるに、くぐれ』とうたったら、うそをいったことになります。うそをいってはならないと、今日おそわったばかりでありませんか。さて、どうしたものでしょう。このままいってしまうのもざんねんです。そしたらひよめのほうでも、さみしいと思うにちがいありません。そこでみんなは、こう歌いました。
ひイよめ、ひよめ、だんご、やらないけれど、くウぐウれッ するとひよめは、やはりいせいよく、くるりと水をくぐったのであります。これで、わかりました。ひよめはいままで、だんごが欲しいから、くぐったのではありません。一年生たちによびかけられるのがうれしいからくぐったのであります。」(底本「ごんぎつね 新美南吉童話作品集」てのり文庫 大日本図書 一九九八年七月発行)
新美南吉は半田市生まれで名古屋に近いことから、カイツブリを名古屋でもひよめと呼んでいたのではないかと思ったが、今のところはっきりしないままである。カイツブリがひよめであることを童話の中の行動からも同定できて、すっきりした気分になった。今の時期(十二月)に写真を撮ったカイツブリは茶色のような色であり、私が昔見かけたカイツブリは黒かった記憶があったが、この童話でも黒く浮かんでいると記されている。これを考えると夏羽と冬羽があるのかもしれない。
そこで、カイツブリについて調べてみたら、カモに比べて体が小さく、カイツブリはコガモよりも小さい感じであること、カモの嘴は平たいのにカイツブリは尖っていること、カモは水かきがあるのにカイツブリはないこと、その代わりに、足の水掻きは八つ手の葉のような形で後ろへ蹴る時に水を十分とらえ、前に出す時には水の抵抗が少ないようになっていることが示されていた。またカモは潜るとき尻を水面に出しているのに、カイツブリは一五~三〇秒近く完全に潜ってしまうこと、カモは餌が植物性等の雑食なのに較べて、カイツブリは小魚、ザリガニや水生昆虫等が餌で肉食であること、カモに比べてカイツブリは足が尻の方から出ていて歩くのに適当でなく、また飛ぶことも得意ではないので、殆ど水面での生活であることも分かった。またカイツブリの夏羽は黒っぽく冬羽は褐色系であることも記されていた。私が写真を撮ったカイツブリは冬羽だったのである。
同じ川や池という環境で生活しているものの、種によって生態が随分違うものだと感嘆してしまった。(カイツブリ目 カイツブリ科 カイツブリ属 カイツブリ)
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