イシガイ

動物編

淡水性のイシガイを見かけたのは天童の原崎沼が初めてだった。原崎沼は四月から十一月まではヘラブナ(ゲンゴロウブナ)釣りの名所であり、十二月から三月まではカモの越冬のために釣りは禁止されている。池の中央には電動式の水車があり冬になるとそれを動かす。冬期になると沼の水面が凍ってカモたちが水面で泳いだり餌を採れなくなるからである。

 この沼はこの近在の畑や田んぼへの農業用水のための溜め池である。この溜め池の歴史を入り口の碑文で見ると、概略は次のようなものである。「天保一三年(西暦一八四二年)頃に築造が始まった。その理由はこの地方は畑地が多く、水田は限られた面積で、しかも水利の便が悪く水管理に難渋していた。そこで庄屋が家運を賭けて溜池の拡張大修理を行った。昭和初期に行われたまま放置されていて、堰提(せきてい)の破損が甚だしく漏水が見られるようになった。そこで県などに陳情して、昭和六十二年から工事を始めて平成三年に波除護岸ブロックと周囲管理用の道路の新設でこの大工事は完成した。」と記されている。私が動植物の写真を撮るために遊歩道を散策したり、ヘラブナ釣りを楽しんでいる人たちの光景に至るまでには、これ程の大工事が行われたのだった。こうしたことは瀬戸内海に面した四国各県の溜め池でも同じではなかったかと推測している。

 地元の人は原崎沼を「バラサキヌマ」と言っている。私にとっては遊び場ともいえる遊歩道を歩いてみても沼に流入する小川は殆ど見当たらない。あるとすれば「網張の里」という叢の小さな池に流れ込んでいる谷川の水が、原崎沼に流れ込んでいる可能性があるが、その量も大したものではない。沼から流れ出る用水路は完備されていて、そこから水田用だと思われる水が少ないながらも流れ出ている。何年も原崎沼に通っていると季節によって沼の水位の変動が大きいことが分かってきた。台風や大雨の時には水位が上がって来るし、夏に雨が少ない渇水期にはかなり水が引き、水辺が池の中心部の方に下がって来る。原崎沼は沼の西南にハスが群生している場所があり、カルガモが一年中生息している。沼の南全体にはヒシが多く水面を覆っている。

 そんな日照りの続いた夏に、沼が干上がって元々水中だった水辺を歩くと、所々に大きな黒い貝が落ちていた。既に死んでいて口を開けているものもあったが、まだ生きている閉じたままの貝もあった。そこで写真を撮ってから水面に投げてやった。水辺を歩いているとこの大きな貝がそこかしこで見られた。その時はこんな貝がここに住みついているんだなと思っていたが、それがイシガイだった。

 蟹江に戻ってから近くの用水路ではタイリクバラタナゴを沢山捕った。木曽川の起(おこし)周辺のワンドでは、国の天然記念物のイタセンパラ等のタナゴの仲間がいる。これらは二枚貝に産卵してそこで稚魚が孵化すると言われている。こうした二枚貝がいないとタナゴは生きていけない。原崎沼には沢山の二枚貝であるイシガイが住んでいるのでタナゴが生存する条件は揃っている筈だが、実際にはそれは難しいだろう。というのもこの沼には誰が放流したのか、ブラックバスやブルーギル等の肉食魚がいてそこかしこで泳いでいる。沼の南の遊歩道では土曜日曜にはルアーフィッシングする人たちが来て、ブラックバスやブルーギルを狙っている。しかも魚に優しいキャッチ・アンド・リリースを励行している。反対側でヘラブナを釣っている人たちも当然ながら釣ったヘラブナを手で触れないようにしながら、釣ったヘラブナを細長い道具で針から外してキャッチ・アンド・リリースしている。こんな訳でブラックバスやブルーギルは減らないままである。水面を見ても小さな稚魚は見たことがない。全てこれら外来肉食魚に食べられてしまったのではないかと思う。

 春先に愛西市の用水路にタイリクバラタナゴの稚魚を捕りに行った。その数からいって珍しいと思っていたが、関西線永和駅の北側の東西に流れる大きい用水路に四手網を仕掛けると、かなりの量のタイリクバラタナゴが捕れた。初夏を過ぎるとオスの婚姻色をしたものも捕れる。また産卵管を尻びれから揺らしながら泳いでいるメスも見かけた。こうした状況から産卵する二枚貝がなくてはならない筈である。インターネットで調べてみたら用水路や川の水系によっては孵った場所から数キロも離れた場所まで移動することがあると記されていた。つまり沢山捕れる場所が孵化した場所とは限らないということである。タイリクバラタナゴの婚姻色のオスと産卵管を揺らしているメスは産卵しないままそこで死ぬか、秋になって本流に戻って産卵するのだろうか。その時は既に産卵時期ではない筈だから、それをどう考えたら良いのだろう。

 秋になると蟹江周辺では田んぼの水を落とすので、その供給先の用水路の水も少なくなり底が見えるようになった。それまで四手網で捕っていたタイリクバラタナゴやカダヤシも少なくなっていた。その頃動植物の写真を撮るために用水路脇を歩いていたら、水中で水を吐き出している貝がいることに気がついた。これまでイシガイの死骸を沢山見かけていたので、この用水路にもいる筈だと思っていた。それが実際に生きているのを見つけたのである。そこでタモ網を持ってきてそこに戻って掬ってみたら、中型のイシガイだった。やっぱりこの用水路にはイシガイがいたのである。私が疑問に思っていたことがこの生きたイシガイの発見で氷解した気分になった。

そのイシガイは近くの田んぼの泥をバケツで運んで、今はその泥を入れたプラスチック水槽を陽の当たる二階のベランダに置いてある。今のところ一か月位経っているが、時々移動しているから生きていると思う。もしかするとタナゴの卵が産みつけられている可能性があり、春になると稚魚が水中に出てくるかも知れない。そのためにも何とか生かし続けたいと考えている。そのイシガイを生かし続けるための餌は何なのか分からない。

インターネットで調べてみたら、淡水産の二枚貝の餌は水中を漂う珪藻類と有機物だと書かれていた。他にはビール酵母や豆乳を与えたりして命を永らえられるらしい。珪藻とはガラスに着く茶ゴケやグリーンウォーターと呼ばれる緑藻類等も含まれているという。その珪藻は太陽と酸素が必要だという。またビール酵母はエビオス等のサプリメントでそれを砂利の中に埋め込むとイシガイが生き続けているという。その理由についてははっきりせず経験法則的なものだという。

どうもイシガイの餌は有機物、珪藻等の植物性プランクトンらしい。都会では綺麗な水槽でイシガイを飼育しているようだから、田んぼの泥などは手に入らないだろう。水槽に田んぼの泥を入れて水を張っておくと、春になって水温が高くなるにつれてミジンコが湧いてくるようになる。泥には有機物があると思われるので餌には事欠かないだろうと思った。でも心配だから冬越しするカダヤシが沢山いる用水路に行って、有機物やプランクトンがいると思われるその水を時々取ってきてはその水槽に入れている。最初濁っているが一週間もするとその水が透明になってくる。イシガイが水の浄化させているのではないかと思う。

イタセンパラの資料を見ると、イシガイの住み場所は砂か、砂と泥が混じった場所に棲息しているという。私が作り出した田んぼの泥では死んでしまうかも知れないと考えて、イシガイを捕った用水路の砂泥をとってきて、田んぼの泥と混ぜようかと考えた。先日その砂泥を取りがてらまたイシガイがいないかとタモ網を持って歩いていたら、近くを歩いている高齢者から「何を捕っているのか。」と声をかけられた。「イシガイがいないかと探しているのだ。」と応えると、その人は福井県出身で「住んでいた地域ではそのイシガイが沢山いて、その貝を煮た料理を小さい頃はよく食べた。この辺りにもいるんだね。」という話をしてくれた。その高齢者は近くの小学校の見守り隊の人だった。

取った砂泥は川が流れている表面は綺麗だが中はヘドロのような臭いがして、これではイシガイが生きていけないのではないかと考えた。そのヘドロ部分を綺麗にして田んぼの泥と混ぜてみようと考えているところである。これが上手くいけばもしかするとタナゴの卵がイシガイに産み込まれている可能性があるから、春になってタナゴの稚魚が孵化してくるかもしれない。今そんな期待をしているところである。(イシガイ科 イシガイ属 イシガイ)

  

                              

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