アオモンイトトンボ

動物編

定点観測地の永和の雑木林の叢や田んぼでは、九月を過ぎるとアジアイトトンボを見かけるようになる。近くの津島市鹿伏兎の田んぼでも見かけるので、蟹江周辺にはアジアイトトンボが沢山生息していると思い込んでいた。

 アオモンイトトンボ

 蟹江に戻ってから蟹江中学の先生だったS先生と知り合いになった。私が中学校に前著「私の動物体験記」を寄贈したのを、校長がトンボに関心を持っているS先生に話をしたことを契機にして、トンボについての情報交換をするようになった。町内の喫茶店で会って時々話をしている。 S先生の話では、アジアイトトンボよりアオモンイトトンボの方が良く見られるような話し振りだった。

 そう言われて注意するようになってから、飛島村三福の金魚養殖池脇の小さい用水路や、愛西市の福原輪中の人工湿地帯脇の叢でもアオモンイトトンボを見かけた。それも七月頃から見かけていて、それに較べるとアジアイトトンボは余り見かけないのだ。アジアイトトンボは永和の雑木林や近くの津島市周辺に生息地が限定されているかも知れないと思うようになってきた。アジアという名前があるので、アオモンイトトンボよりも後に、東南アジアから北上してきたイトトンボではないかと推測していたのだった。

 アジアイトトンボ

 ところが「日本のトンボ」(尾園暁 川島逸郎 二橋亮 文一総合出版)の分布図を見ると、アオモンイトトンボは「九州から中国、東海、関東から東北の海岸線に沿って分布している。また海外では朝鮮半島、台湾、中国、アジア、アフリカとなっている。」のに対し、アジアイトトンボは「本州全域と北海道の一部。海外では朝鮮半島、台湾、中国、ロシア(極東)」に分布している。これらの生息分布から、アオモンイトトンボの方がアジアイトトンボに較べて南方系のイトトンボだと推定できる。私の推論は誤っていたのである。アジアとは東南アジアと無意識に思い込んでいたが、アジアイトトンボは北方を含むアジアだったようなのだ。

 上述の「日本のトンボ」では、アオモンイトトンボについては「平地~丘陵地の解放的な池沼や河川の水溜まりなど。沿岸地方に多く、やや水深のある止水域に広く生息する。卵期間一~二週間程度、幼虫期間一か月半~八か月程度(一年二~多世代)。オスは胸部が緑色で腹部第八・九節に青色斑がある。メスの体色は橙色から緑褐色になるタイプと、オスと同じような体色に、斑紋をもつタイプの二型がある。オス型が劣性の一遺伝子座のメンデル遺伝に従うことが知られ、北方の産地ほどオス型が増える傾向がある。」と記されている。

 アジアイトトンボでは「平地~山地の抽水植物の繁茂する池沼や湿地、河川の淀みなど。卵期間一~三週間程度、幼虫期間一か月半~七か月程度(一年二~多世代)。幼虫で越冬する。オスは胸部が緑色で、腹部第九節に青色斑がある。メスは成熟過程で体色が赤から緑色へと大きく変化する。老熟メスは褐色のみが強くなる。アオモンイトトンボと異なり、メスは異色型のみである。アオモンイトトンボとは胸部が小さいこと、オスの青色斑の位置や、メスの腹部第一節背面が黒いことなどで区別する。」と記されている。

 永和の雑木林近くではアジアイトトンボをよく見かけるが、中に腹の表部分が橙色のイトトンボを見かける。初めはアジアイトトンボとは別種のイトトンボだと思っていた。そのイトトンボがアジアイトトンボのオスと連結している場面を見て、アジアイトトンボのメスらしいと思うようになった。未成熟の個体だと思われる。

 アオモンイトトンボの交尾態

 色々の出会いを通して、少しずつアオモンイトトンボとアジアイトトンボのオスの区別が何とかできるようになった。相変わらずメスの違いはできないままである。これはカモのメスでも同様で、カルガモは今でもオスとメスの違いさえ分からないままである。

 アオモンイトトンボとアジアイトトンボを観察しているうちに、飛島村三福でアオモンイトトンボがアジアイトトンボを狩っているのを何度か見かけた。トンボが他種のトンボを狩るのはよくあるが、アジアイトトンボがアオモンイトトンボを狩っているのを見たことはない。どうもアジアイトトンボに較べてアオイトトンボは獰猛な習性ではないかと思われる。

 アオモンイトトンボの産卵(右端の写真はアジアイトトンボと並んで産卵)

 アオモンイトトンボのメスには二型があると上述の本には載っていた。ウィキペデイアのアオモンイトトンボの項目には面白い記述が載っていた。「千葉大学高橋佑磨の研究によれば、雌の中に複数の色彩型が混在して多様性が保持されていればいるほど、雄は効率的に雌を探すことができなくなり、結果として雌が雄から執拗に交尾を迫られるセクシャルハラスメントのリスクが雌一個体あたり低下することが確認された。さらに、こうしたセクシャルハラスメントが軽減すると、集団の増殖性や安定性が高まり、最終的には集団の絶滅リスクも減少することがデータからも示された。」と記されている。

 この文章からだけでは、「こうしたセクシャルハラスメントが軽減すると、集団の増殖性や安定性が高まり、最終的には集団の絶滅リスクも減少すること」は一見すると矛盾していて、どんな論理的な展開でこうした結論に行き着くのかは定かでない。

 私は馬鹿の一つ覚えで「動物の世界では多くのものは性行動の主導権をメスが持っている」と考えている。モンシロチョウの世界でも一旦交尾すると、他オスの個体とは交尾しないし、ニホンザルでも高位サル以外のオスを拒否する。しかしギンヤンマやシオカラトンボなどのオスは強引にメスを連結して連れ去る。その意味ではギンヤンマやシオカラトンボ、はたまたコフキトンボやショウジョウトンボでも、トンボの世界ではオスが生殖行動の主導権を持っているようなのである。

 ギンヤンマの連結産卵を見ていると、時々メスの方が胸の下が白ではなく、オスのような青(ブルー)になっているものを見かける。オス型のメスである。一見するとオス同士が連結しているように見える。連結の先頭になっているオスは、それ以外の特徴でメスだと認識しているのだろう。その特徴は尻尾先端の形や尾の茶色、羽の茶色などが考えられる。遠くではオスだと判断しても、近くに来ればメスだと認識して連結しているのだろう

 アオモンイトトンボもオスが遠くからオス型メスを見てオスだと判断して迫らないままの場合もあるし、近づいてからメスと認識して交尾することもあるとすれば、相対的にメス型メスと較べて交尾するオスの迫る機会が減少することも確かにあり得るだろう。でもメス特有の尻尾が太い特性に着目すれば、遠くからでも間違えることはないように思えるが、そうしたことが分からないのだろうか。同一地域での経年経過に伴うオス型メスとメス型メスの生息割合を追跡していけば、オス型メスの効果が分かるかも知れない。

 それにしても人間社会で使われる「セクシャルハラスメント」という社会概念をアオモンイトトンボの世界に適用するのは、ちょっといただけないなと感じてしまったのだった。

 (イトトンボ科 アオモンイトトンボ属)

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