これまで野山を歩き回って出会った動植物のうち、もう二度と出会えないだろうと思うものがある。例えば動物ではバンやヒクイナであり、植物ではキンランとアケボノソウである。その生態や分布を知悉している人や、園芸種に親しんでいる人には、ありきたりのものかもしれないが、野草のものは、天童周辺の奥羽山脈西麓の野山を歩き回っているが殆ど見かけたことがない。
植物の場合は翌年の同時期に出かけてみるが、見かけた場所にもう生えていないことが普通である。そんな経験から、出会えた時が一期一会だと思って何枚も写真を撮るようになった。今よりは撮影技術の未熟さと携帯用のデジタルカメラだったこともあって、近接撮影なので殆ど写真はぼやけてしまい、悔しい想いだけが残ってしまったのだった。今のカメラ(特に高価なものではない)と撮影技術だったら、もう少しは良い写真が撮れただろうにと悔やむことしきりである。
アケボノソウ(受粉を助けるアリ)
アケボノソウは宮城県村田町の山中の谷川沿いに、九月中旬に咲いているのを偶然見かけた。ここは村田から岩沼に抜ける宮城県の県道二十五号線の途中にある、南の柴田町に抜ける雷林道の途中から入り込む小さな山道で、殆ど人は入って来ない所である。この山道を行くと、最終的には村田の農家の裏手に出る。そこを一人で歩いて行ったら、小さな谷川沿いで杉林になっている陽が射さない場所で初めて見かけた。それまで何回もそこを通っていたが見かけたことはなかった。アケボノソウの近くにはツルリンドウの実もなっていた。
アケボノソウ その1
見かけたアケボノソウは咲き出してから時間が経過して、もう少しで枯れ出しそうな感じだった。アケボノソウは新聞や雑誌で見ていて、見た瞬間アケボノソウだと分かった。花の様子が独特で、それが印象に残る植物だからである。
「西遊旅行」の熊野古道で見かけたアケボノソウには「アケボノソウ(曙草)は、リンドウ科センブリ属に属する二年草です。二年草(二年生植物)とは一回の生活環を完了するのに二年を要する植物のこと。二年草は、一年目に茎や葉、根などの栄養器官を形成し、休眠して越冬します。二年目の春または夏に開花し、種子を生産して枯れ、生活環を終えます。
日本では北海道、本州、四国、九州と広く分布し、伯耆富士と呼ばれる鳥取県では代表的な花として紹介されることもあります。海外では中国、朝鮮半島の温帯地方に分布します。
草丈は六十~九十センチで直立し、非常に鮮やかな緑色の茎の色合いが印象的です。葉は長さ五~十センチ程度、披針形または卵型で先が尖っているので少し細長い卵型という印象を受ける形状です。光沢はほとんど確認できません。根生葉は茎葉に比べて大きく、花が開くと落ちてしまうと資料にありましたが、私が観察した際には根生葉も残っていました。花期は九~十月。茎から枝分かれして延びる長さ一~五センチ程度の花柄に、直径一・五~二センチほどの真っ白な花を数個ずつ咲かせます(集散状円錐花序)。花弁が五弁のように見えますが、実際は花冠は深く五裂しており、基部で合着している形状です。(今回観察するまで五弁の花弁と思っていましたが、観察して驚きました。)花弁のように見える裂片に緑色の斑点が二つずつ付いていることが確認できます。これは『蜜腺』です。ここから蜜を分泌し、昆虫(特にアリ)が蜜を採取しているのも観察することがよくあります。また、アケボノソウ(曙草)の最大の特徴ともいえる裂片につく斑点が多数ついており、この斑点を『夜明けの空』に見立てたことが『曙草』という名前の付いた所以です。」と記されている。
アケボノソウは合弁花であること、そしてアリなどが受粉の役割を果たしていることが記されている。 アケボノソウはセンブリと同じ属である。センブリの葉が細く花も小さく可憐なチゴユリのようなのに比べると、個性的で同じセンブリ属とはとても思えないものだった。アケボノソウを直に見ると、人を魅了する花だということに異を唱える人はいないだろうなと思う程、心に残る花なのである。
こうした感想は私だけではなさそうで、「Hiroken 花さんぽ」の著者は「センブリ属の花はどれも好きだが、この花の造形の素晴らしさは群を抜いていると思う。和名は、わずかにクリーム色がかった白い花冠を夜明けの空に、暗紫色の細点や、やや緑かかった黄色の点を星々に見立てたと言われる。~中略~緑かかった黄色の点は蜜腺溝で、ここから蜜を分泌し昆虫の訪花を誘う。~中略~ アケボノソウの蜜腺溝は花冠の長さ方向の半分より外側にあり、毛状の付属体もないので良く目立つ。蜜腺溝から花冠の根元までは模様がなくとてもすっきりしていて、そのことが蜜腺溝や暗紫色の斑点をさらに浮き立たせる。」と記している。とにかく見てみれば、その気持ちが分かろうというものである。普通の植物は茎の断面が丸いことが多いのに、アケボノソウは4稜状で四角い。でもシソ科の四角い茎とは雰囲気が違っているようだ。
アケボノソウ その2
私が不思議に思うのは、山形県の奥羽山脈の裾野の丘陵地帯や宮城県の阿武隈山地の森でもほとんど見かけることができないアケボノソウが、インターネット、新聞や雑誌にたびたび掲載されていることである。その花の姿の素晴らしさから掲載しているのは当然だと思うものの、どこにそんなに写真が撮れるアケボノソウがあるのか不思議でならない。野草を栽培し販売する業者によって、園芸植物として広がっているのかも知れない。
私が園芸植物に余り好感が持てないのは、それが咲いている場所を含めてアケボノソウを感じる風情を大事にしないで、単にアケボノソウだけを愛でるという人間本位の感性に対する嫌悪感にも似た感情なのかも知れない。でも野草に興味を持ってもらう点では、それも良しとしなければならないのだろうか。
(リンドウ目 リンドウ科 センブリ属)
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