ルリボシヤンマ

初秋の九月二八日の午後三時頃、勤務する短大の廊下の天井付近を大きなトンボが飛び回っていた。抜け出そうとしているが窓が閉まっているので逃げ出せずにあっちに行ったりこっちに戻ったりしながら飛んでいた。その飛ぶ早さと高さからとても手では捕まえられそうもなかったので、清掃道具が入っているロッカーから箒(ほうき)を引っ張り出して、飛んできたところをパシッと当てたらすとんと落ちた。当たったのが箒の穂の部分なので落ちたものの死ぬほどの衝撃ではなく、捕まえると逃げよう翅を激しく動かし尻尾を曲げていた。最初捕まえた時はオニヤンマでないかと思っていたがそうではなく、きれいな瑠璃色をしたヤンマだった。大きさはギンヤンマと同じ位のトンボである。

 珍しいのでカバンにいつも入れているデジタルカメラで、指でトンボを掴みながら何枚も写真を撮った。何しろ色が瑠璃色だからルリイロトンボというのではないかと見当をつけた。写真を撮ってから部屋の窓を開けて放してやると、すぐに上空に上がって飛んで行った。

ルリボシヤンマ その1

 とても珍しく美しいトンボでこんな綺麗なトンボがいるのかと思う程だった。大きさから言ってヤンマなので、インターネットでルリイロヤンマと入れてみたら、ルリボシヤンマと出てきた。インターネットで調べたものを纏めて概略を以下に示そう。

  • 大きさや出現時期

  ヤンマは六月末から十一月頃まで生息する。大きさは七センチから九センチ程で

  幼虫は四・五~五センチ程の大きさである。

 ②生息場所

  山地の湿地や小規模の池や沼に生息する。秋田県の田沢湖周辺でも観察される。

  • 色の特徴

  オスでは胸部が黒地に黄緑色、腹部には水色(るり色)の斑紋がはいる。この腹部の斑紋の色が名前の由来となっている。オオルリボシヤンマと似ているが胸の横の淡色条の形の違いで区別がつく。

  • 食性

水辺の近くの林内をゆうゆうと飛び、アカトンボ等を捕らえて食べる。平地に産することはなく、標高一〇〇〇メートル位の池では、ギンヤンマと共に見られることもある。産卵は夕方にメス単独で水中の枯れ草等に産卵管を刺して行なう。生まれた池に戻ってくる傾向がある。 

⑤見られる時期

オオルリボシヤンマに比べて遅く発生する。オオルリボシヤンマと混生していることが多い。

 ⑥行動習性

ギンヤンマのオスと同じで、一定のコースや比較的狭い範囲(一目で見渡せる範囲)で縄張りを張り、そこに一日中いることが多い。

 ⑦オオボシルリヤンマとの違い

  ルリボシヤンマとオオルリボシヤンマとは似ているが、ちょっとした違いがある。胸の一番目の黄色い淡色条の上部が太く曲がっていればオオルリボシヤンマで、そうでなければルリボシトンボである。素人にはすぐには分かりそうもない違いだが、専門家はきっと瞬時に見分けられるのであろう。

 ⑧その他

  ・ ヤゴを初夏に捕れれば羽化を観察できるが、敏感なので羽化させることが難しいようだ。天然でないと発色が悪い。羽化のために上陸しても、刺激を与えると戻ってしまうので、その時期をはずすと死んでしまう。

  ・オニヤンマと同様ミルワームも食べ飼育は楽だが、警戒が強く気配や灯りがあると羽化を見送るので大変。成虫の寿命は不明だが二か月以内と思われる。

 以上のことから田んぼのような広範囲の空間を飛ぶのでなく、オニヤンマと行動が似ているようだ。オニヤンマも山道や谷川の上を巡回して飛んでおり、メスは谷川の縁で体を縦にして上下しながら、尻尾を水につけて産卵する。産卵形態は違うようだが行動領域は重なっているように感じる。またカトリヤンマのように薄暗い生活空間が好きなのかも知れない。カトリヤンマは神社や寺のツバキ、センリョウやマンリョウの木が生えている所に止まっていることが多い。小学生の時にはそれを求めて神社や寺の木々の辺りを探しによく行ったものだった。調べてみるとカトリヤンマは夕方から活動するようである。

 ルリボシヤンマ その2

 このようにヤンマにはそれぞれの習性があり、それが分かれば幼虫や成虫が生活している場所に行けば会える可能性がある。このルリボシヤンマはもう一度会ってみたいヤンマである。

 「日本のトンボ」(尾園暁 川島逸郎 二橋亮 文一総合出版)のルリボシヤンマの項目には「分布図では東日本から日本海側の中国地方までで、愛知県は分布していない。生育環境は平地~山地の周囲に樹林のある抽水植物の繁茂する池沼、湿地、池塘、放棄水田など。生活史は卵期間六~八か月程度、幼虫期間は一~三年程度(二~四年一世代)越冬態は一年目は卵、二年目以降は幼虫。形態ではオスは成熟すると青、緑、黄色の斑紋が混在し、メスは淡緑色の斑紋をしている。成熟オスは浅い湿地の上で、ホバリングを交えて狭い範囲を飛び、縄張り占有する。オオルリボシヤンマと異なり、産卵中のメスにも強引に連結して交尾する。メスを見つけたオスはつかみかかって連結し、交尾態となって植物などに静止する。メスは単独で湿地を訪れ、水面付近の枯死植物に静止して産卵する備考とし。備考として、西日本では産地が限られ、九州には分布していない。」と示されている。

 これらから何年間もかかって成虫になることから、繁殖力は大きいとは言えないようである。そして名古屋周辺には見られないヤンマだということが分かる。

  ルリボシヤンマ その3

 私の子ども時代からのトンボへの想いは今でもその頃のままである。私の持っている知識はオタクとか専門家と言われる人たちからすると「ど素人」そのものだろう。でも子ども時代のそうしたトンボへの愛着が、老年期になって興味を深めるきっかけになってきたこと、それと関連づけながら今でも世界を広げ、知る楽しみを作ってくれている。少年時代のトンボ捕りが、人生の奥深さの一端を支えてくれるものになるとは、若い頃には全く考えていなかった。そういう意味でトンボたちには感謝している。(トンボ目 ヤンマ科 ルリボシヤンマ属 ルリボシトンボ)

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