善太川でカワセミを見かけてから、二級河川の日光川の河口にも鳥の写真を撮りに出かけるようになった。そこにはカルガモ、ヨシガモ、カワウ、コガモの他に、川沿いに生えているヨシ原にはツグミ、ジョウビタキ、ホオジロ、アオジやオオジュリン等の小鳥たちが飛び交っている。また土手脇の木々にはスズメ、カワラヒワ、キジバト、カラス、ムクドリが止まっている。また河口付近だからかミサゴが二羽住んでいて、そこで大形のコイやスズキを狙っている。他にはチュウヒかオオタカ等のタカの仲間もいて、運が良ければ遭遇することができる。
そんな土手をウォーキングも兼ねてカメラをぶら下げて歩き回っている。日光大橋から日光川の河口の右側の南蟹江団地近くの土手に車を停めて、善太川と日光川の河口が合流する所までその土手を歩いていく。日光大橋下流の日光川西側には、釣り用のボートや漁船が係留されている。日光川側の金属性の網目フェンスには、係留禁止の掲示板が張ってあるが、そんなことはお構いなしに沢山の船が係留されている。
二月の天気が良い日にその土手を歩き出したら、日光川のボートや漁船が繋留されているコンクリートの護岸の端にカワセミが二羽止まっていた。私が土手を歩いて行くと慌てて飛び去った。一羽は土手を横断して南蟹江団地の方へ飛んで行き、もう一羽は歩いて行く方向の先へ飛んで行った。私は初めてカワセミが二羽いるのを見かけた。それらの写真が撮れないかとカワセミを探しながら歩いて行ったが、どこにも見当たらなかった。善太川以外でカワセミを見たのはこれが初めてだった。二月だが春の気配が感じられる季節になってきたのでこの二羽は番(つがい)ではないかと思う。
ヨシ原で撮ったカワセミ
その土手を鳥たちの写真を撮りながらどんどん進んでいくと、土手の右側の住宅の中に養豚場があり、豚の声と共に臭いがしてくる。その近くに用水路の水門があり日光川に流れる小さな用水路になっている。その用水路の水が流れ出てくる場所は浅瀬になっており、周りはヨシ原で枯れたヨシが生えている。浅瀬は小さな湾のようになっている。私はそこにカワセミがいるとは分からずに行き過ぎて善太川と日光川がぶつかった先端部を過ぎて、ヨシ原の鳥たちを撮ってからその土手を戻って来たら、その湾の枯れたヨシに止まっているカワセミを見つけた。そこでカメラのシャッターを切った。カワセミは背後から危険が迫っているとは分からずしばらくの間そのままの体勢でいた。善太川以外でカワセミの写真を撮ったのはそれが初めてだった。
翌日になってその土手を歩いて行くと、その湾の浅瀬の日光川の本流に面したヨシの茎に、鳥が止まっていた。私は瞬間的にカワセミかも知れないと思ってカメラを向けてシャッターを切った。やはりカワセミだった。そこでも何枚か写真が撮れた。このカワセミは日光大橋の船が係留されている場所で見かけたワセミとは違う気がする。日光川の川沿いには何羽かのカワセミが住んでいるのかも知れないと思うようになった。
日光大橋から上流部分の土手を先に歩いてから下流の南蟹江団地の土手に来て車を停めている。日光川の上流部分の前方には尾張中央道の橋が架かっており、土手の右側には私有地である佐屋川がある。この佐屋川は川を横断してプラスチックの網が張って管理されており、釣りする場合には千円の遊漁料を取ると掲示されている。
佐屋川の水を日光川に流し出す水門近くでカメラを持った人がいた。そこは吉川英治の句碑がある。因みにその句碑には「昭和十七・八年ごろ蟹江を訪れた文豪吉川英治は、この地の水郷情緒をこよなく愛した。佐屋川畔を吟遊して興ずる氏の面影がしのばれる。『佐屋川の 土手も みちかし 月こよい』 蟹江町教育委員会」と刻まれている。尾崎四郎と共に友人を訪ねてきて詠んだ句である。
ある時間が経ったら、その人が自転車を押しながら土手まで上がって来て、今度は日光川のヨシ原の方を見ている。私は土手を上流の先まで行って戻ってきたところで、車に乗って土手から離れる時に「良い写真を撮れましたか。」と尋ねると、「この吉川英治の句碑の向かいの金網のフェンスにカワセミがいて、それを撮ろうと狙っているんです。そしてこのヨシ原にも来るのです。」と答えてくれた。雰囲気からするとかなりの時間をかけて撮影しようとしている様子が見て取れた。というのも携帯用の腰掛を用意し、カメラは望遠でアナログ式のフィルムで撮っているという。しかもカメラを固定する一本足の一脚を持っていた。かなりの専門家ではないかと思った。そこで「主にどんな鳥を撮っているんですか」と尋ねると、「タカの仲間のノスリとカワセミを撮っているのです。」との話だった。
親離れさせるカワセミの親
そんな話をしてからは、吉川英治の句碑周辺の佐屋川の水門や、近くのヨシ原に目を向けるようになった。いつものことだがこうした野鳥との出会いは人間同士が計画を立てて出会うものとは異なり、偶然の出会いが基本である。だから出会わない時は全く出会わない。それでも根気強く行き続けていくと偶然に出会う時がある。そんな時は一期一会(いちごいちえ)だと思い込んで、シャッターを切るがピントが合わずに機会を逃してしまうことも多い。でもこれが定点観測の意義だろうと思っている。
日光川と善太川の合流地点近くの豚舎がある浅い湾の所で、その人とまた会った。カワセミが現れるのを待っていたのである。そこで長い時間にわたって話をした。話によると、彼は長野県飯田市出身で、仕事の関係で蟹江町のアパートに住むようになった。私の自宅とは遠くない場所である。今は年金生活だが週の半分は勤めているとのことだった。これまでカワセミの写真は数百枚撮っているが、光の具合で良い写真を撮るのは難しいと話してくれた。「撮った写真はどうするのですか?」と尋ねると、「飯田市にある実家に甥がいて、その住宅の一部を展示室にするので、そこで展示してもらう予定です。これまでは結婚式でその写真を利用してもらっていました。」と答えてくれた。また「カワセミは春になると営巣して子育てに忙しくなると、餌を採るのに夢中になって他の季節よりは警戒心が薄くなり、写真は撮りやすくなります。土手に穴を開けて営巣するので、その巣が分かれば、写真を撮りやすいんです。」と話してくれた。そして「採餌する時間は、朝早くと午後過ぎ頃からなので、その時刻だと出会う可能性が高い。」ということだった。
そんな話を聞いたので、南蟹江団地の日光川の土手を三キロ位歩いてから、もう一度佐屋川近くの日光川に戻るようになった。時間的には三時過ぎになっていることが多かった。その佐屋川の水門のフェンスで偶然カワセミが止まっている機会に遭遇した。この付近にはオスのジョウビタキが縄張りを作っているのを知っていたので、ファインダーを見ながらフェンス近くにいないかと探していたら、やはりジョウビタキがいて写真を撮った。突然そのフェンスの鉄枠に止まった鳥がいた。一瞬、カワセミかと思って目を上げてみると、それは紛れもなくカワセミだった。そこで、夢中でカメラを連写した。そのカワセミは後ろ向きに止まっていて、頭を横に向けて長い嘴が見られる体勢だった。カワセミの後ろの青緑色が綺麗に見える体勢だった。
後姿が美しいカワセミ
家に帰って早速パソコンで画像を見てみたら、連写した一部だけが綺麗に撮れていた。これまで善太川でも撮っていたが、これほど良い体勢のカワセミは撮れたことがなかった。私は嬉しさの余りジョウビタキのオスとメスそしてカワセミの画像をフェイスブックに投稿した。
「日本の野鳥」(叶内拓哉 安部直哉 上田秀雄 山と渓谷社)のカワセミの項目を見ると「留鳥または漂鳥。環境は海岸から低山の河川、湖沼、池など。行動は繁殖期以外は一羽で生活し、縄張り性は強い。一定の休息場と採食場があり、ある程度定まった時間で活動するのがふつう。木の枝や杭などから直接水中に飛び込んだり、水面上での低空飛行から水中に突っ込んだりして魚類や水生昆虫類をとらえる。獲物が大きいと、木や石にたたきつけて弱らせ、骨を砕いてから飲み込む。池の岸、川岸の土壁、土砂採取場跡や土山、山道などの垂直な土壁に横穴を掘って巣にする。」と記されている。
どうも出鱈目の行動をするのではなく、時間ごとに決まった行動をする鳥らしい。知り合った人が説明してくれた習性と同じである。日光川の佐屋川付近には午後三時頃にまた行こうと考えている。
ところで私と同じように野鳥の写真を撮っている人たちがいる。それも私のように素人ではなくほぼセミプロと言えるほどの専門家たちである。また道具立ても望遠レンズだけで百万円を超えるようなものを持っている。いつも遠くにいるカモや野鳥を見ると折角撮ってもぼけてしまう画像を見て、悔しい思いをしているのが現状である。
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