アオメアブ

小さい頃、真夏の暑い時期に叢の草の葉や茎にとまっている大きなアブを見かけていた。このアブは私の夏の情景の中になぜか含まれているのだ。そのアブを捕った記憶もないし、詳しく観察した記憶もない。でもトンボを追いかけている叢の中に、そのアブがなぜかいるのである。そのアブを見ると夏の暑さを思い浮かべるから、私の中で暑さの象徴としての存在だったのかも知れない。

 そのアブは眼が緑っぽかったのでアオメアブではないかと思う。同じ位の大きさの別のアブは尻尾に白い房があり、シオヤアブではないかと思う。小さい頃は理由もなく、大きなアブは危険だと近寄らなかったものだった。

 アオメアブ

蟹江に戻ってから、夏になってこれらのアブをまた見かけた。同じ種のアブが何十年も幾多の世代を繋ぎながら生き抜いて存在していることに、なぜか感激し感嘆してしまった。

 アオメアブの交尾態

例えば、モンシロチョウといっても、昔見かけたモンシロチョウと今のモンシロチョウは個体レベルでは全く異なっている。それをモンシロチョウと呼ぶことによって、その共通性だけを取り出して、各個体のいくつもの特徴の違いを捨象してしまっていることを忘れている。人間の持つ言葉はそうした共通性を取り出して同じものと捉える特性を持っているが、反面その個体レベルの情報を無視してしまう傾向が強いのである。

最近になってアブといっても色々な仲間がいることが分かってきた。「身近な昆虫識別図鑑」(海野和男 誠文堂新光社)にはハナアブの仲間、ムシヒキアブの仲間、刺すアブの仲間、その他のアブ、ハエの仲間などが記されている。ハナアブの仲間は「花の蜜を吸ったり、花粉を食べる種類が多い。花に来るアブやハエは刺すものはまずいない。成虫で越冬する種が多く早春から秋まで見られるものが多い。」と記されている。三月初旬に天童で見かけたフクジュソウの花で見られたのも小さいアブの仲間だったと記憶している。

ムシヒキアブの仲間は「肉食で、昆虫を捕らえて食べる。鋭い口を持つが人を襲うことはない。」と記されている。アオメアブやシオヤアブはこの仲間に入る。

  シオヤアブと交尾態

刺すアブの仲間には「ウシアブの仲間やブユ、カの仲間は吸血する嫌な虫だ。高原に多いメクラアブの仲間は、しつこくヒトを追いかけまして吸血することがあり、あとがとてもかゆい。ブユは湿った草原などで朝や夕方に活動し、気がつかないうちに血を吸われることが多い。」と記されている。

これまで二度これらのアブの被害があったことがある。一つは昔会津の西山温泉に泊まりに行った。「仲の湯」という温泉旅館は良く言えば大正ロマン風だが、部屋も昔風のままで綺麗とは言えず、浴衣もいつ洗濯したか分からい様な民宿風の温泉だった。風呂は宿泊場所から離れているので、そこまで歩いて出かけた。脱衣籠も同じものはなく、風呂の湯が出る蛇口も同じものが一つもない。薄暗い風呂で窓は開けっぱなしだった。風呂場にアブが飛んで来て、風呂から上がったところでアブに刺された。その後首筋が爛れて大変な目にあった。風呂までの途中にある旅館の主人の家は新築で綺麗だった。多分借金返済のために節約してのことだろう。人生の中でかなり沢山の温泉に出かけたものだが、これほど客を蔑(ないがし)ろにした温泉に行ったのは初めてだった。

二度目は四月の末に東根の白水川ダムを取り囲む道路から、ムクロ沢に向かう林道の脇の土手にたくさんのカタクリが咲いていた。そこにヒメギフチョウが飛んでいるのを確認したので、蜜を吸ったりメスを探しに飛翔するオスの様子を写真に撮ろうと叢に入った。すると叢の地面でヒメギフチョウが三匹もつれ合っているのを見かけた。二匹が交尾しているのに、他のオスがメスを奪いに来ている風情だった。私がその脇に座り込んで写真を取り始めると、その一匹が飛び去っていったが、交尾している二匹はじっとしたままだった。チョウは交尾態になっている時は動けないことが殆どなので、一番危険な時間帯なのだ。

その写真を撮り続けていたら、手の甲が血で赤く滲んできた。最初は痛くも痒くもないので気がつかなかったが、ティッシュペーパーで拭くと真っ赤になった。今考えるとブユだったのだろう。山や叢に入る時は、必ず長ズボンで靴下をはき、長袖シャツを着るのを鉄則にしているが、それでも手の甲や首筋には被害を受けることがあるのだ。

蟹江歴史資料民俗館主催の夏の子供向けの野外講座を担当して、チョウやトンボ、草花などを探索させる活動を依頼されたことがあった。殆どの子が半ズボンをはき半袖シャツでやってきた。どんな活動をするのかのイメージと、その際の危険防止のための服装はどんなものが良いかの予想とその判断ができていないのだろう。多くの人は実際に被害を受けないと、その行動を改めないということである。

春先に花に集まる昆虫では、ハチよりはアブの方が多いような感じがしている。アブとハチは似ているので、その見分け方について調べて見た。ミツモアMediaでは「アブとハチの見分け方は体の模様、目の大きさ、そして飛び方です。アブの見た目はアカウシアブ以外は黒っぽく、また比較的平べったい体をしています。ハエは大きな目が特徴的で、アブも同じ大きな目をしております。またアブは二枚の羽をもつため、うまく飛行のコントロールができず、飛んでいるところが一定ではありません。羽音も大きく音で気づきやすいです。一方でハチは黄色と黒の縞模様が特徴的で、頭や腹が別れており、目も小さいです。またハチは2対の四枚羽で、飛行中に上手くコントロールして空中でとまる『ホバリング』ができます。また飛行速度が遅く羽音もアブと比べて小さいです。~中略~ アブは川や水田、沼などの湿った地域や場所に発生することが多いです。そのエリアにある葉っぱの裏などにたくさん卵を産み、一週間後にふ化します。アブは四月から発生する種類もありますが、アブの被害が増えるのは六月から九月にかけてです。~中略~ アブにとって十八度以上の気温が適温と言われていますが、三十度を越えると、暑さで活動が低下すると言われています。また昼行性のため、昼間がもっとも活動的です。」と記されている。

両者の違いは目の大きさ、触角の出る場所、翅の数の違いなどで区別できるらしい。長い間アブとは、アオメアブやシオヤアブなどを典型だと思い込んでいたが、実際にはもっと小さいアブも多数いることを知って、自分の偏見が少しは改善されたと思っている。 (ハエ目 ムシヒキアブ科 アオメアブ亜科)                   

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