カモの話

その他編

 カモの仲間の写真を撮るようになって、いくつかの疑問が湧いてきた。一つ目はどのカモも水中に潜って魚や甲殻類を採餌しているとばかり思い込んでいた。ところが水面でゆったり泳ぎながら、水面に顔をつけて嘴で何かを掬って採餌しているカモがいることが分かってきた。私が思っていたように、水中に潜水して採餌しているカモや水鳥にはミコアイサ、キンクロハジロ、カワウ、カイツブリ、ホシハジロ等がいる。それに対してカルガモ、マガモ、コガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、ハシビロガモ、オカヨシガモやヨシガモは水中に潜って見えなくなるようなことはない。潜ることはあっても体の一部が水面上に見えているのが殆どである。例えばオナガガモは田んぼの底のイネの株や根を食べるために潜るが体全体が見えなくなることはなく、逆立しながら尻尾がタケノコのように尖がって見えている。水中に潜らないカモたちは概ね植物食のカモたちである。オオバンは昆虫類を食べる場合もあるから植物食を主にした雑食性と言えるかもしれない。

  潜水採餌ガモ(ミコアイサ)

 こうした食性の違いは、体型や体の機能の違いとも関連している。カワウは潜りやすいように羽の油脂分を少なくして水をはじかないようになっている。だから四六時中羽を広げて乾かしている。カイツブリの仲間は足の指の形が泳ぎやすく方向を変え易いのに加えて、体の内部の気嚢の空気を出し入れして水中に潜り易くなっている。水中に潜る時は気嚢の空気を出し、浮かんでくると空気を入れるのである。潜水艦の原理と同じである。このような仕組みを持っているから、水中で獲物を捕ることができるという訳である。

 水中で魚や甲殻類を採餌するカモの仲間は、水中で泳ぎ易いような体型になっているので足が体の後ろについている。水面採餌するカモたちは足が真ん中についている。そのため水中採餌するカモの仲間は、重心のバランスを取ることが難しく、陸上を歩くのが苦手である。加えて水面から飛び立つ時、足で水面を蹴りながら飛び立つ。

 潜水採餌ガモ(ホシハジロ)

私は馬鹿の一つ覚えで、足で水面を蹴りながら飛び立つカモの仲間は、魚や甲殻類を食べる水中採餌する仲間だと考えている。対して水面を蹴らずに飛び立つカモの仲間は植物食のカモの仲間と考えている。このカモたちは陸上を歩くのに支障はないカモたちである。カイツブリやミコアイサが陸上で採餌している姿は見たことがない。オオバンは時々土手に上がって採餌しているが、主に植物食だが動物食も行うカモだからだと考えている。

 潜水採餌ガモ(カイツブリ)

二つ目は羽の変化である。普通の動物たちは冬羽(毛)と夏羽(毛)と一年を通じて変化するが、カモの羽の変化は複雑である。孵化して一年二年と羽が変化していくので、その羽を見てカモの何年目のオスとメスだと同定することは、今の私には全く不可能である。成鳥になって繁殖可能なオスは繁殖羽(はんしょくう)というメスへのアピールのための羽に変わっていく。オシドリのように一番綺麗な生殖羽の時の写真が本やカレンダーに使用されている。私はそれが一年中の状態の羽だと単純に考えていた。実際は一年のある時期だけの生殖羽だったのである。カモたちの多くは、冬鳥として日本に越冬のためにやって来る。そして三月前後にシベリア大陸に帰って、四~五月に産卵し育雛(いくすう)して十月半ばになると日本にまたやって来る。シベリア大陸に帰る頃にはオスとメスはペアになっていなければならない。日本に滞在している時にペアになるには、その時期に生殖羽にならなければならない。越冬のために日本に来た時点で生殖羽になっているカモもいるが、越冬している最中に生殖羽に変化していくカモたちがいる。地味な姿から綺麗な華やかな色に変わっていく。このオスの生殖羽になる前の状態をエクリプスという。

 水面採餌ガモ(マガモ)

十一月下旬に善太川で一羽のミコアイサを見かけた。一見するとメスのような風貌だが、頭の茶色や羽の色がまだら模様になっていた。ところが時間が経つにつれて顔が白くなって目の周りの黒色が目立つようになり、羽の色も白さが際立ってきた。どうも生殖羽への変化の途中だったようなのである。五条川でも一羽だけヨシガモのオスがいたが、顔の緑色がはげたような雰囲気だった。生殖羽のヨシガモはとても綺麗な顔なのに、そのヨシガモは綺麗とはとてもいえない模様だった。多分これもエクリプスから生殖羽への変化の途中だったのではないかと思う。エクリプスから生殖羽に変わることもカモたちの一年間の生活状況を考えると、理解できるようになってきた。

 水面採餌ガモ(ヒドリガモ)

つ目はカモが混群になって越冬する方法についてである。私が見かける善太川、日光川、五条川では必ずカルガモがいてマガモ、コガモ、ヒドリガモ、オカヨシガモやヨシガモたちが一緒になって群れている。カルガモの中に一羽のマガモのメスが入り込んでいることも多い。このように入り乱れながら十一月から三月初旬まで生活している。そんなカモたちの状況から交雑して雑種が生まれないかと心配になる。

チョウの雑種が生まれない理由に、一つの種では交尾までのオスとメスの行動系列が決まっている。異なる種のオスとメスが出会って交尾しようとしても、オスとメスの行動系列が食い違うので交尾まで至らない。交雑が起こらないそんな仕組みがあると動物行動学から学んでいた。モンシロチョウとモンキチョウでも外見の色合いだけの違いで、行動範囲も同じなので交雑が起こって雑種ができても良さそう思う。だが雑種ができない。雑種ができるのは目のレベル、科のレベル、属のレベルなのかは今の私には分からない。しかしチョウはこうし雑種ができるのを避ける仕組みがあるらしい。

 水面採餌ガモ(ハシビロガモ)

ところがカモの仲間ではいつも混群になっており、生得的な仕組みに加えて学習能力もチョウよりは高い筈である。そうすれば生得的な行動系列に厳密に支配されていない部分もあるのではないかと思う。「日本のカモ」(氏原巨雄 氏原道昭 誠文堂新光社)には、カモの雑種の項目があって吃驚した。これを見るとカモの雑種が多いようなのである。オスとメスの間には番いになる前の儀式がある筈だが、それが決定的なカップルになる条件にはなっていないのではないかと思う。

今年これらの川に写真を撮りに行ったら、雑種らしいカモを二羽見つけた。一羽はヒドリガモとヨシガモの雑種で、もう一羽はオカヨシガモとヨシガモの雑種ではないかと思われるカモである。私が歩きまわっている範囲は、越冬するカモの多さから考えてそれ程広い範囲ではないと思うのに、これ程の雑種に出会うので、稀に雑種ができるとは言えないかも知れないと思うようになった。

 ところで形態的な雑種ということ以上に、能力の混乱が起こるのではないかと思うようになった。オカヨシガモとヨシガモの雑種は四月半ばになっても善太川にいる。シベリアと言っても帰る繁殖地が異なる筈なので、どちらに帰れば良いか分からないのではないか。その雑種のカモが成熟するにつれて、カップルになるべきメスがどちらの種になるかという問題が生じてくるだろう。その前にカモとしてのアイデンティティを含んだ能力の混乱の一端として、どちらの繁殖地に帰るかの混乱が起こっているのではないかと心配してしまった。

コメント