ワラビ

植物編

春に山菜を採集に行く一番の目的はワラビ採りである。採る楽しさは言うに及ばずそれをポン酢をかけて食べる醍醐味が忘れられないのである。

  生えだしたワラビの出始め

 ワラビの最初の経験は、大学入学で仙台の東十番町に下宿したときに遡る。その当時の下宿屋は南こうせつの「神田川」ではないが、6畳をベニヤ板で半分に仕切った3畳間であった。当然恋人などはおらず風情もないものだった。私の入った部屋には一間の押入れがあったが、中央の仕切りのベニヤ板は鴨居までで、その上の空間は隣の大学3年生と共有していた。オナラの臭いも鼾も共有するという状態だった。

 下宿のおばさんは芸者上がりのお妾さんで、気は強いが日本風のカトリーヌ・ドヌーブのような美人だった。おばさんの部屋には三味線がかけてあって、時々パトロンの工務店の社長が来ることがあった。小柄で小太りで大人しく見るからに優しい感じの人だった。

 下宿での食事は朝晩にどんぶり飯とおかずと味噌汁が出た。入った当時にはどんぶり飯の量の多さで食べきれないで苦労したのと、頻繁に出る小さい鰈(かれい)の焼き魚(仙台の魚屋では、焼き魚を串に立てて横向きにした火桶に当てて焼いていた)などの処理の仕方である。運よく農学部の4年生で石巻出身の先輩の食べ方をこっそり学びながら、魚の食べ方を学んだのである。その先輩は最初に表の中身を食べ、それから魚をひっくり返して裏の中身を食べる。最後は骨だけが残るという按配である。それまで私は骨付きの一尾の魚を食べた経験が殆どなく、食べ残しはそれは汚いものだった。

 春の終わりに、おばさんがパトロンの旦那と一緒に近くの泉が岳にワラビを採りに行った。その採ったワラビを湯掻いて灰汁抜きし、それを食卓の小皿に入れて食事の時に出してくれた。おばさんが言うには「山菜は高いもので美味しいものなんだ」ということだったが、食べたワラビは噛んでも噛みきれない筋が残るもので、おばさんが見ているので仕方なくそれを飲み込んだ。この時何でこんなものが美味しいのだろうというのが、私の実感だった。

 その当時はワラビが生えているのも見たことがなく、ワラビやゼンマイという言葉だけは知っていたが、どれがどれだか全くわからなかった。その後ワラビを何度も食べるようになり、宮城県の県民の森を春に散策しているうちに、ワラビを見つけるようになった。県民の森は高くはないが尾根に分かれていて、その土手のようになっているところに、4月の末から5月の連休頃になるとワラビが出る。それを探して採るのだが初めは呆けている下宿のおばさんが採ってきた類いのも採っていたが、その後出始めのものが良いと分かるようになった。連日採りに行くとだんだん少なくなってくるが、雨が降って数日経つとまた生えてくることが分かった。ワラビの戦略だと思うが、一斉に芽を出すことをせず時間を経過しながら出すのである。天童にあるワラビが生えているところでは、春に大量に芽を出すが、夏を過ぎ9月になっても芽を出すワラビさえある。子孫を残す戦略だろうか。

  ワラビの葉

 今でも思い出すのは、福島県の富岡町の第二原発の近くの土手に大量にワラビが生えていた。今ではその地域に入れずワラビは汚染されていると思われる。私は仙台からいわきに高専や看護学校に教えに通っていた時代があったが、ワラビ採りをしたあの遊び場所もなくなってしまったのである。

 最近では、天童周辺の山間部の畑の放棄地の荒野原に、春になるとワラビが出るのを見つけて採るようになった。4月の末から連休にかけて1日おき位に出かけても、その都度ある量が採れる。雨が降った翌日はその量が多い気がする。その成長速度の速さは相当のものだと感じている。司書室でワラビを採った話をしたら、そこは採っても良いところなのかと質問を受けた。山形の人は小国町のワラビを栽培している山間地に料金を出して採らせてもらっているとの話だった。テレビのニュースなどでこうしたことは知っていたが、山形市から2時間位かけて新潟県境の小国町までお金を出してワラビ採りに行くなど、なかなか信じられないことである。

採ったワラビは重曹で灰汁抜きする。重曹はスーパーでも売っているし薬局でも手に入る。せいぜい一袋100円~150円位である。その灰汁抜きだが、私は湯を熱湯にして重曹を入れ数分間ワラビを湯の中で煮立てるのだが、その時間が難しい。茹でる時間が長いとワラビがフニャフニャになってしまって美味しくない。湯に入れて様子を見ながらちょっと早いかなという感じの時に火を止めて水で冷やして晒すのである。私はそうして重曹で灰汁抜きしたものをすぐ食べても殆ど苦みを感じないが、知り合いは苦くて食べられないという。夕方なら翌朝まで水につけておき、朝になってそのワラビを切って小鉢に入れその上に鰹節をたくさんかけポン酢をかけて食べるということになる。そのシャキシャキ感が応えられないのである。

 ある人に採ったワラビをあげて作り方を教えたが、作ってくれたワラビを食べたところ全く美味しくなかった。鰹節をかけてあったが茹で過ぎて芯がなくなり、その美味しさを知らない主人はそれがワラビ料理だと思っていた。

その主人と一緒にワラビ採りをし作ってあげたところワラビの美味しさを認識し、その後は家でも作るようになった。ワラビを送ったりするとそれも楽しみにするようになった。

 重曹はワラビの灰汁を抜くのに使う人が多いからか、灰汁抜きの仕方が袋や箱の裏に書いてある。それによると重曹をワラビの束に振りかけたり、その茎の根元につけたりして、それに熱湯をかけて灰汁抜きをする方法が書いてある。それでも灰汁抜きはできるようである。茹でて灰汁抜きしてグダッとなるよりはワラビがシャキッとすると思うが、私自身は熱湯での灰汁抜きの方が要領が分かっているからか安心できる。

 生のワラビを灰汁抜きしてポン酢で食べると、道の駅などで売っている塩抜きするワラビなどは食べる気がしなくなる。冬場などの味噌汁や他の料理の食材としての意味はあるだろうが、生のワラビの美味しさには比べようがないと思うのは私だけだろうか。

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