ウツギ

植物編

 小学校の時に唱歌「夏は来ぬ」の「うのはなの匂う垣根に、ホトトギス早も来鳴きて~」の歌をよく歌ったものである。この曲を聴くと、小学生の音楽の時間の情景を想い出してしまうのだ。歌詞にあるウノハナの匂いは、どんな匂いなんだろうとずーっと思っていた。多分香しい匂いなんだろうなと予想していたのだ。

 天童にいた頃、春の終わりに野山を歩き回っていて、見かけるピンクや赤い花が咲くタニウツギをウノハナだと思い込んでいた。ウノハナはウツギのことをいうことも、その頃から分かるようになった。

 ●タニウツギ その1

 タニウツギの花はロート状で生え方はアジサイのような灌木の集まりで、近づいて匂いを嗅いでも、歌詞に書かれているような匂いは全くしなかった。どうしてなんだろうとずーっと不思議に思っていたのである。

 植物図鑑を調べているうちにウツギとタニウツギは違っていることが分かってきた。タニウツギは垣根に植えるには株が大きくなり過ぎる。でもウツギ(ウナハナ)は周りを探しても殆ど見かけないのだ。

 ●ウツギの花 その1

 紅花で有名な山形市高瀬部落に近い山に五月初旬に入った時に、初めてウツギらしい木を見かけた。白い花が枝にいくつか咲いていたが、匂いを感じなかった。花の数が少なかったからだろうか。ウツギの由来は、木の中が中空だからウツギ(空木)というのだと知っていたので、その枝を折ってみた。細い枝だったが中空になっていた。これがウツギに違いないと確信した。何回もその場所に出かけているうちに、その実がどんなものかも知るようになった。小さな黒いコマのような実がたくさん枝につくのである。

 翌年水晶山に行く途中の田んぼの土手で、たくさんのウツギが咲いているのを見かけた。車を降りて写真を撮りに近くまで行って、初めてウツギの花の匂いを嗅いだ。ボアーッとしたクリの花の生臭い感じの匂いと似ていた。キンモクセイの甘い香しい匂いを想像していたので驚いてしまった。

 「夏は来ぬ」の「うのはなの匂う垣根に、ホトトギス早も来鳴きて~」の歌詞から想像する匂いは、香しい匂いだと想像されるのに、実はそうではなかった。でもウツギの花の強烈な匂いに引き寄せられて、ジャコウアゲハやクマバチ、ハエの仲間が沢山集まって来る。作詞者はこのウツギの匂いは香(かぐわ)しいと思い込んで作ったのではないかと邪推してしまったのだった。

 ところで豆腐のオカラもウノハナと呼ばれている。トクバイニュースには「和食の世界では、本来の食材の呼び名ではなく、別の名前で呼ぶケースがあります。そのひとつがおからですね。おからの“から”が“からっぼ”に繋がるのを嫌い、卯の花という別名が付けられたといわれています。卯の花という名前は白いウツギの花にたとえてつけられたようです。」と記されている。

 蟹江に戻って周辺を走り回っていて、東名阪道沿いのフェンス付近や、海津市のハリヨ公園でウツギが咲いているのを見かけた。でもウツギが垣根として使われているのは、今のところ見ていない。時代と共に垣根に使う木々の種類も変わってきているのかもしれない。

 「日本の樹木」(林弥栄編 山と溪谷社)のウツギには「山野に普通に生えるが、生け垣や庭木としても良く植えられている。下部からよく分枝して高さ一・五~二メートルになる。若枝は赤褐色。若枝、葉、葉柄、花序、花弁の外側や萼に星状毛が密生する。~中略~ 五月下旬から七月にかけて、円錐花序を多数出し、直径一~一・五センチの白い花が密に垂れ下がって咲く。花弁は五個。雄しべは十個。花糸には狭い翼がある。花柱は三~四個。蒴果は直径四~六ミリの球形で先端は少しくぼみ、花柱が残る。」と記されている。

 長い間ウツギだと思い込んでいたタニウツギについて記しておこう。というのは、タニウツギの方が、ウツギより想い出が多いからである。

 ●タニウツギ その2

 一つ目はタニウツギの花の雰囲気からすると、和室で花瓶に活けたら、さぞかし部屋が映えるだろうなと前々から思っていた。ところが天童の職場の同僚の女性とタニウツギの話をしていた時、こんな話をしてくれたのだ。彼女が結婚して間もない頃、このタニウツギを花瓶に活けて部屋に飾ったところ、義母にかなり厳しく注意されたというのだ。というのは、タニウツギはその茎を、亡くなった故人の骨を骨壺に収める時に使用する箸代わりにする道具だと言われたというのだ。そんな縁起が悪いタニウツギを花瓶に活けて飾っては駄目と強く言われ、それからは一切活けていないという。確かに、タニウツギの枝は割りと細くて、箸として使うことはできると思う。このような特別の場合の箸として、日常使う木の割りばしや竹箸を避けることは、ある意味で納得できる気もする。凶事のような特別の場合には、別の材料を使ったのだろう。木や竹の箸をこうした凶事に使用すると、具体的に使った箸を捨ててしまえば問題がない筈だが、木や竹箸そのものが、縁起が悪いという言霊的な考え方と結びつく可能性がある。日本人の中に、こうした思想を持つ人たちは随分と多いように感じる。私の友人にも「ひでよ」という名前を「ひで世」と改めている人がいる。戸籍上も改めたかどうかは確かめていないが、ソシュールの言うように、物と名前は別々のことだと考えられないと、こうした言霊信仰の思想に引きずられてしまう。

 ●ウツギ その2

 車の名前の情感的な素敵な付け方(セフィーロとか)と、車の中身や性能とは全く関係ないにも関わらず、その付け方で売れ行きに違いが起こることも、こうしたことを反映していると考えられる。

 こんな社会的な傾向から、タニウツギ全体が忌避されることに繋がっているのではないか。現代では、骨を拾う箸は、私たちが日常的に使っている、木や竹箸の材料とは異なるものを使っているのだろうか。山形のある地方だけで行われてきた風習や文化だったような気がするが、まだこのことを確かめてはいない。

 二つ目は、子どもたちと火起こしの道具を使って、火をおこす遊びをしたことがあった。「舞い錐」という回転させて火起こしする道具である。木の棒の真ん中付近に丸い翼をつけ、天辺近くに穴を空けて紐を通し、細長い板の両端に穴を空け、中央を丸くくり抜いて木の棒に通したものを丸い翼の上に置いて、それをねじって回転させるのである。火を起こす板にはヒノキやスギを使った。起こす板の端に小さな穴をいくつも錐で開けておく。火を起こすヒノキの板に接着する舞きりの芯部分にはウツギの木が良いと言われていた。ウツギの木は中空になっていることから、回転させて木屑が出やすいことがその理由と思われた。

 身の回りにはウツギなどないので、そこで仕方なく同じ仲間だと思われるタニウツギの灌木を使って芯にして火起こしした。何とか火起こしできたのだった。その後、芯に相応しい植物はないかと探したら、セイタカアワダチソウの茎が最適ではないかと思うようになった。タニウツギよりも火起こしに最適だったのだった。

 ところで私はウツギとタニウツギは同じウツギという名前から、長い間同じ仲間だと単純に思い込んでいた。しかしウツギはユキノシタ科ウツギ属であり、タニウツギはスイカズラ科タニウツギ属だと後から知った。きっと木の性質も違うと思われるので、火起こしにタニウツギは相応しくなかった可能性がある。いつかウツギの木を使って、「舞い錐」で火起こししてみたいものだと考えているところである。

(ユキノシタ科 ウツギ属)

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