シジミチョウには沢山の種類があるが私はそのいくつかしか知らない。それでも小さい時からシジミチョウは草叢や川の土手の草花の蜜を吸いに来ているのを見かけていた。そんなシジミチョウの中で特に衝撃を受けたシジミチョウがミドリシジミである。実際にはミドリシジミの種類も沢山あり未だにどの種のミドリシジミか同定できていない状況である。
ミドリシジミの占有行動
三年位前に天童市の「じゃがらもがら」の奥まで植物の写真を撮りに出かけた。標高は五七〇メートルで入り口からその終点までは、山道になっているコンクリート道路をジグザグしながら上がって行く。途中で天童の街並みが見下ろせる場所もある。この「じゃがらもがら」は風穴と姥捨て山として有名である。他には竜神伝説もありこの地域では謂れの多い地域である。
ミドリシジミについて述べる前に、「じゃがらもがら」について記しておこう。まず竜神伝説のエピソードではインターネットに次のような話が載っていた。「むかし、ジャガラモガラには満々と水が湛えられていた。ここには龍女が住んでおり、三熱の苦しみで成仏できずにいたが、美女に変身し、麓の観音堂で徳の高い僧の功徳により、湖の水ともろ共に無事昇天することができた。そのとき、『もし、天童地域に干ばつにみまわれたら、竜神様雨たもれと唱えれば、たちまち雨を降らせましょう。』と龍女は約束してくれました。」というものである。私の友人が天童に遊びに来た時に、その終点まで出かけて、ハナイカダの葉の真中にある花を見せようとしたところ、だんだん山の中に入っていくので途中で怖がって引き返してきたことがあった。その位終点は山奥なのである。
そんなことと関連して姥捨て山としても有名である。姥捨てといえば、深沢七郎の「楢山節考」(新潮文庫)が有名である。こうした話は昔の山村では普通だったのではなかろうか。毎日の生活に追われている農家にとって、嫁をとって子どもができれば、働かなくなった老人たちは単なる穀つぶしであり、その口減らしのために姥捨てする。老人たちはそうした事情を知っているからか、行くのを拒否するということは余りない。息子が背負子に母親たちを乗せて山奥まで運んで行く。着いた先で母親のことを心配しながらも置いてくる。中には途中で親を谷底に落としてしまう息子もいただろう。「じゃがらもがら」の終点までの道も歩いて行くとすれば、それ程の遠さを感じさせる距離である。
それは七月初旬のことだった。その「じゃがらもがら」の終点からすり鉢状の風穴がある窪みまで山道があり木道もある。その入り口から入ろうとしたら、とても綺麗な小さな空色をしたシジミチョウが何匹か舞っていた。これまでシジミチョウ等のチョウは一匹二匹がフワフワと飛んだり花の蜜を吸っているのを見るのが普通だった。しかしこのチョウたちは激しく争っていた。止まって翅を開いた様子を見るとその表面は空色でとても綺麗なチョウだった。これまで似たような薄い色合いのチョウは時々見たことはあったが、その空色の美しさに魅了されてしまった。加えてその忙しい争いを見て繁殖期に子孫を繋ぐ営みは、このシジミチョウでも想像以上に激しいものだと実感した。
オス同士のせめぎあいをすると同じ場所に戻る
その後ジャガラモガラの窪地にまで降りて行って、その草叢の植物の写真を撮った。そこの脇に掲示板があって次のように記されていた。「県指定天然記念物 ジャガラモガラ 平成七年三月二八日指定」とあり「ジャガラモガラは、天童で一番高い九〇六メートルの雨呼山の北西の山腹、標高五七〇メートルのところにある東西九〇メートル、南北二五〇メートルのおおきなすり鉢状の凹地である。その中でも凹地の南端にある五五〇メートルの等高線で囲まれた東西三〇メートル、南北六二メートルのすり鉢状の凹地が通称ジャガラモガラと呼ばれている。ジャガラモガラは、凹地の底でありながら、雨が降っても水が溜まらない。地下は石英粗面岩の砕石からできている。所々に風穴があって、真夏でも三度から七度の冷たい風が出ている。その冷たい空気が凹地の底に淀み込むために、ジャガラモガラは異様な景観と植生を呈している。春の訪れが遅い。植物の垂直分布が逆である。亜高山帯の植物が群生している。乾燥地を好む植物が見られる。植物が矮小化している。植物の種類が豊富である。花の咲き方に特色がある。絶滅危惧種や希少性の植物が多い等、学術的にも貴重な場所である。 天童教育委員会 津山ちいきづくり委員会」と記されており、このすり鉢状の所で見られる植物として「ベニバナイチヤク、コキンバイ、チョウセンコミシ、キセワタ、ヤナギラン、レンゲツツジ」が記されている。
そこに生えている写真を撮ってから、駐車場の出口でまた数枚のシジミチョウの写真を撮った。余りの翅の緑色の美しさに感激して、次の年の年賀状に添える写真にすることにした。
この写真を撮ってからパソコンに取り込み、チョウの図鑑で調べてみて、ミドリシジミとエゾミドリシジミのどちらかではないかと思う。翅を開いたところはエゾミドリシジミのような気がするが、綴じた状態の翅の部分ではミドリシジミとエゾミドリシジミとで区別ができない。チョウの専門家ならすぐにどのチョウか同定できるのだろうなと思って悔しい気持ちになった。ミドリシジミの仲間であっても食性は随分違っている。この両者の生態も記録として残しておこう。「日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編(誠文堂新光社)によれば、どちらも分布する地域として天童周辺は重なっている。
ミドリシジミは「食草はハンノキ、ヤマハンノキ(カバノキ科)。生育環境は、森林・湿地・河川 平地~丘陵地では、池や河川の氾濫原、谷戸の周囲など、湿潤な立地に形成されるハンノキ林が生育地となり、しばしばおびただしい数が発生している。山地では、渓流沿いや林道法面などに生えるヤマハンノキの群落に棲息している。行動は、オスは一六~一九時頃に活動し、複数の個体が食草の梢上をめまぐるしく飛び交うほか、特定の枝先などで占有行動をとり、他のオスと出会うと素早く追飛し卍巴飛行を行う。メスはオスに比べて不活発で、日中はクリの花で吸密するほか、クワの果実などで吸汁する。」とある。
エゾミドリシジミは「ミズナラ、コナラ、クヌギ、カシワ、アベマキなど(ブナ科)。生育環境は、森林 主にミズナラやコナラの生える山地の落葉広葉樹林に生息し、北海道では平地にも生息する。西南部へ行くほど山地性の傾向が強まる。行動はオスの活動時間帯は主に午後で、一五~一七時にピークを迎える。渓流や林道に面した枝先で占有行動をとり、他のオスを追飛した後は、元の位置へ戻る。卍巴飛翔の頻度は近似種に比べ高い。メスはクリなどの白い花で吸密し、生き残りは九月頃まで見られる。」と示されている。
この両者の記述からすると、私が見かけた場所の特徴としては、「じゃがらもがら」はエゾミドリシジミの生育環境に近いように思う。ハンノキが沢山あるというよりは、ナラ・コナラ類が多いような植生である。時間的に遭遇したのは午前一〇時頃だったが、夕方に見かけることもありそうもないことから、活動する時間帯からもエゾミドリシジミではないかと思う。翅を開いた状態の緑部分の端の様子でもエゾミドリシジミの可能性が高いように思う。
美しい空色
しかし羽を閉じた状態の翅の裏の模様は、ミドリシジミとエゾミドリシジミのどちらとも少し違うように思う。他のミドリシジミの模様とも違っていて、専門家だったらこれはどんなミドリシジミだと同定できるのではないかと思うと、自分の無力さに落ち込んでしまった。今では少しずつ学んでいくことも楽しい作業だと思い直すように考えている。(ミドリシジミ 鱗翅目 シジミチョウ科 ミドリシジミ属 ミドリシジミ)(エゾミドリシジミ 鱗翅目 シジミチョウ科 オオミドリシジミ属 エゾミドリシジミ)
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