春の妖精

春に咲く植物の中には春先にだけ咲いて、その後は枯れてしまい、来年まで冬眠している植物がある。

 私は手塚治虫の漫画図鑑で、初めて春の妖精(スプリング・エフェメラル)という言葉を知った。その時の図鑑に小さい妖精の漫画が描いてあって、それが儚い(はかない)風情の様相であったので印象深く覚えている。そうした絵ばかりでなく、手塚治虫が昆虫に詳しく、自分の名前「治」をペンネーム「治虫」とつけたこともあって、春に生きる昆虫も春の妖精に含まれていると勝手に考えていた。

   カタクリ(蜜を吸っているのはヒメギフチョウ)

 春の妖精といわれる仲間は、どうも植物に対してつけられたもので、春に咲いてその時期に種を作り、その間に栄養を蓄えて次の春まで地下で密かに生きていく生活環を持った植物のことである。しかし、ある場合にはギフチョウやウスバシロチョウなどもこうした春の妖精に加えられている場合もある。こうした昆虫がこれらの植物の受粉に貢献しているとしたら、一体のものとして命名することは不合理ではないと思われるのだが、如何なものだろう。

 こうした春の妖精といわれる植物には、カタクリのような球根や根茎を持つ植物で小さな植物が多い。春の妖精といわれる植物を挙げてみると、キンポウゲ科のイチリンソウ、キクザキイチゲ、アズマイチゲ、ニリンソウ、フクジュソウ、ユリ科のカタクリ、ショウジョウバカマ、ケシ科のエンゴサク、キケマン、ムラサキケマンなどがある。

  ショウジョウバカマ

  二リンソウ

  フクジュソウ

  キクザキイチゲ

これら全ては、私が春になって写真を撮りに行く被写体である。こうした花が咲く植物は短い春にしか咲かないので、私のカメラ操作の技量では、大事なシャッターチャンスを逃している場合も多い。なかなかピントが合わせられずにピンボケになってしまうのである。これはカメラが悪いのか、私の技術が悪いのか分からないが、一期一会のそれらの出会いの重要性をいつも痛感している。

  フデリンドウ

 こうした春の妖精として、別にフデリンドウとかハルリンドウを挙げたくなる。植物の専門家の人にとっては、このフデリンドウはありきたりのリンドウに見えるかもしれないが、多くの人はそのリンドウの小ささと、その花の色合いの薄いブルーを見れば感嘆の声を上げるに違いない。このリンドウはせいぜい高さが5~8センチほどで、いくつかのリンドウの花が束になっている場合が多い。周りがまだ枯葉ばかりの中で、そっと咲いているのである。

 こうした春の妖精と呼ばれる仲間は、里山に生きている風情がある。落葉した木々の周りとか、日当たりが少し良い所などに生えている。こうした条件があるのは東北の里山か、高山地帯にしかないのではないかと思う。

 春の妖精が生きられる環境は、縄文人が作った植物環境ではないかという説もあるようだが、何はともあれ、こうした春の妖精に会うために春の里山を是非散策してほしいものである。

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